冒険野郎マクガイバー（東京大地震編） Yeonso作
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マクガイバー 東京地震篇
（俺は千葉県のピーターの家に向かってジープを走らせていた。
今日は仕
事を離れての仲間内のパーティーがある。思いのほか空が青く見える。）
マクガイバーがインターチェンジを下りて一般道路をしばらく進むと、
一台のシャコタンの車に出くわした。乗っているのは、目つきの悪い男が
三人、それに怯えているような表情をしている若い女性が一人。
マックは気になって、その車の後をつけた。
女性は車の中でも嫌がっているようだ。
（ひょっとして、とんでもない所に連れていかれちまうのかも）
数分間後、案の定、車は人けのない倉庫の前で停車した。
女性はナイフを突き付けられている。
「おとなしくしてねえとブスリといくぜ」
男たちは嫌がる女性を倉庫の中に引きずりこんだ。
マックはダッシュボードを開けた。
（使えそうなものは）
発煙筒。ガムテープ。針金。
『煙幕作戦といくか』
マックは建物の陰から観察していた。
辺りに人がいないのを確認すると、彼らの車に近づき、ガムテープをウィンドウにつけ、力一杯下方に押しつけた。
ウィンドウはわずかに隙間ができた。
太めの針金の先を曲げ、ウィンドウの隙間から差し込み、何度かトライ
して、ロックを外す。発煙筒をあけ、車を煙で満たす。
ただちに降りて、タイヤのバルブを緩める。
石を拾い、倉庫の窓ガラスにぶつける。
女性を縛りつけた男たちは、ガラスの音に気を向ける。
ボスの役をしていた男が指図した。
「見てこい」
子分役の男は重い扉を開き、外を見た。
車からはもうもうと煙が出ている。
その男は仰天し、すぐに報告に走った。
「兄貴、大変だ。車が、車が…」
三人はそのこわばりをみて、女を縛りつけたまま外に跳び出した。
ボスが叫ぶ
「誰だ、タバコをちゃんと消さなかったやつは」
マックは倉庫の裏手から回り込んでいた。
三人は外へ出て行った。
確認すると窓から入った。
女性はマックに気がつき、声をあげようとした。
『しっ、君が心配で後をつけてみたんだ』
マックはアーミーナイフを取り出し、女性の縄をほどいた。
女性が言葉を出そうとした。
『話は後だ。奴等が戻って来るまで、あまり時間がない。さあ』
マックが侵入した窓に促す。
少し高めの窓に手を伸ばすとマックはフォローした。
女性の足を持ち上げ、外に出ると、マックも窓に跳びついた。
二人が外に降りた瞬間、男たちが倉庫に戻ってきた。
「誰だ、あんないたずらをしやがったやつは」
「兄貴、女がいねえ」
ボス格の男は窓があきっ放しになっているのに気がつく。
「女は窓から逃げやがった」
覗くと、マックが女を自分の車に乗せているところであった。
「野郎、ただじゃおかねえ」
三人が車に走り込む。スターターを回す。
わずかにスタートしたところでブレーキを踏んだ。
「クソッ、空気を抜かれてやがる」
マックの隣で、不安げに車の後ろを眺めていた女性は、ホッと一息つい
た。
『気分はどう？』
女性はまだ緊張が残っていた。
マックも言葉を探した。
『ええと、きみ………家までおくろうか。ここから遠いのかい？』
「アニー＝ロジャースです」
『俺はマクガイバー』
「ありがとう、マクガイバー。もう大丈夫よ。この近くの駅で降ろしても
らえればいいわ。
私の家は墨田区で遠いんですもの」
『俺も、墨田区ってところに一度行ってみたいと思ってたとこなんだ』
アニーは初めて微笑みを見せた。
「ここの江戸川を越えると東京都よ」
マックは、約束の時間に遅れることをピーターに連絡しなければならな
いと思った。
『ええと、おなか空いてない？ハンバーガーでも食べたいんだけど。君も
どう？』
「私は欲しくないわ」
『そう。じゃ悪いけど、ちょっと待ってて』
ハンバーガーショップの前に車を止める。
ハンバーガーを注文し、待っている間に店のわきにある電話でピーターにダイヤルする。
『ピーター？ちょっと道路が混んでいて遅れそうなんだ』
ピーターの声が、いつになく暗い。
『新聞がどうしたって？』
「だから今朝の新聞に、東京湾にクラゲが異常発生したと出ているんだ。
何か不吉な前兆じゃなければいいんだが」
『おたくは心配症だからなあ。海水温とか、潮流の変かがあっても不思議
じゃないさ。その異常発生というのを見てみたいくらいだ』
マックが何気なく受話器のそばに置いてあった新聞の見出しにはこうあ
った。
「各地で発光現象観測。大地震の前ぶれか！？」
（なるほどね）
「おい、どうしたマック？」
『え、いや、やけにハンバーガー焼けるのが早いと思ってね』
「またハンバーガーか？こっちにはごちそうが用意してあるんだぞ。でき
るだけ早く来てくれよ」
マックは、ハンバーガーをほおばりながら、新聞を拾い読みして車に戻
った。
『や、お待たせ。一つどう？』
アニーはハンバーガーの袋を一瞥した。
「いいわ」
マックもさりげなく応える。
「そう」
ハンバーガーをくわえながらアクセルを踏む。
しばらく走ると破裂音とともにハンドルがとられた。
『パンクのようだ』
「ミイラ取りがミイラって訳？」
マックは人差し指を立てた。
『いいや、機械につきものの、ただのアクシデントさ。ミイラなら一緒に
黄金の財宝があるかもよ』
車から降りると軽いめまいを感じる。
おかしい！
新聞の記事が脳裏をかすめる。
遠くからの振動音が聞こえる。
とっさにアニーの手を引いてそばのビルに入り込んだ。
同時に、すさまじい炸裂音。二人は立っていられない激しい揺れに襲われた。
ドドドドスドスガガガーーン
アニーは悲鳴をあげながらマックにしがみついた。
マックの腕はアニーをかばう。
閃光が起こった。
遠くで何かが爆発したのだろうか。
隣接して建っているビルのガラスが砕け散り、マックの車に降り注ぐ。
直後にはガラスのみでなく、事務机や家具類までが落下。
猛烈な水平動だ。
付近の照明が一斉に消える。
道路はハンドルを取られた車が衝突しあったり、建物に突っ込んだりしている。
東京では、ガソリンや液化プロパンガス・酸化エチレン・アンモニアなどの危険物・毒劇物を運搬するタンクローリー車が約五千台、日々往来している。
タンクローリーの運転者の一人は、その瞬間、ハンドルがいきなりとられたのに気づいた。
二秒後、対向車線を走っていた乗用車がセンターラインを越えて突っ込んできた。
運転者はブレーキと同時にハンドルを左にきった。が、ほとんど効かない。
タンクローリーは横転し、乗用車は第二石油類が満載されているタンクに突っ込んだ。後続車もまた……
ガソリンの引火点はマイナス四十三度である。運よく衝突せずに、難を
逃れた車のドライバーは、車をその場に乗り捨てて避難。
残された車に引火。数珠つなぎに繰り返される。
道路が炎上しているかのようだ。
実験的には前の車が炎上すれば数秒で次の車に引火することが確かめられている。
首都高速道路はその構造上、地震に弱い。首都高を走っている車は大音響と共に、道路もろとも二十メートル落下した。
日本の高層ビルは倒れない。衝撃を、揺れる波の干渉によって吸収してしまう柔構造になっている。
地震波は下から上にのぼり、反射しておりて来る。内部の揺れは上にいくほど大きい。
窓ガラスは建物の歪みによて割れ、崩れ落ちる。空気の抵抗によって鋭い方を下に向けて。その加速度はアスファルトにも突き刺さるほどである。
窓を失った高層ビルから内部のものが放り出される。人間とて例外ではない。
ビルの真下を歩いていた人たちは落下物の犠牲になった。
ＪＲは高架になっている。走っていた列車の三台に一台が脱線転覆。そのまま高架から地上に落ちたものもある。
地下街や地下鉄は比較的安全といわれている。地上ほど揺れがないからである。
その地下街は地震と共に一斉に停電した。有楽町・新宿・池袋などの地下街は暗闇の恐怖から逃げ出さんとする人々が、他人を押し倒しても助か
ろうとする。暗闇で一人が倒れれば後は連鎖反応によって次々と倒れる。
非常時に動くはずの自家発電は働かず、地下街もまた、悲鳴と怒号に埋もれた。地下街にあるレストランから出火した火が新建材を燃やし、有毒ガスを発生した。
地下鉄に乗っていた人々は、怪我をしながらも大部分は一命を取り止めた。だが、天井川の堤防が決壊。結局は隅田川の真下を通る千代田線・日比谷線などはおびただしい水が流れ込み、乗客は窒息死した。
電線が寸断された。その電線に触れた人、その電線が落ちた水たまりに触れた人々は感電死した。
電線からのスパークがガス管に引火、ガソリンスタンドも瞬く間に爆発する。
水道管が破裂。道路は走行不能。もともと都内に三百台しかない消防車は何の役にもたたなかった。
地震で恐ろしいのは圧死ではない。関東大震災における圧死者はわずかであったが焼死者は十万人にもモ及んだのだ。
千九百二十三年、十七万キロリットルであった石油消費量は、現在では四億キロリットルに達している。都内の危険物貯蔵施設は四万カ所。
水平動の時間は短いといわれているが関東大震災では十分間も続いたのである。
あちこちで爆発音が繰り返されている。
『どうやら揺れは治まったようだ』
マクガイバーはアニーを抱き起こした。
『怪我はない？』
「ええ、どうにか」
『ここにいては火にまき込まれる。地震は二次災害が怖いんだ。この辺りに詳しい？とりあえず、広い場所が近くにないかなあ』
「あるわ」
『よし、急ごう』
マックはアニーの手をとって公園へ向かう。
途中、再び揺り返しが襲った。アニーはマックの腕によろけた。
『大丈夫。余震が本震より大きくなることはない。ただし、落下物には注意して』
公園の入り口から眺めると、すでに大勢の人が集まり出している。
ある者は血だらけで、ある迷子は泣き叫び、人と荷物であふれそうだ。
『関東大震災の時、被服廠後で荷物に火が移ったのを知ってるかい？』
「ええ、広い場所がかえって危ない、って言うこと？」
『そんな気がするんだが』
「じゃ、どこへ逃げる？」
『分からない。だからこの公園に残るか去るかは賭けだ』
マックはアニーの瞳をじっと見つめた。
「任せるわ」
『じゃ、ひとまずあの一番高いマンションまで行き、屋上に上がって状況を判断しよう』
マックとアニーは、火の粉や人を避けながら十四階建のマンションの入口にたどり着いた。
マックは階段に向かった。
アニーはエレベーターのボタンを押してみた。
マックは制止した。
『停電だろ。もし、動いたとしても途中で止まる可能性がある。歩いて上がろう』
いくつか階段をかけ上る。
途中、マンションの一室から男のうめき声が聞こえた。
二人は顔を見合わせた。
その部屋のドアをノックする。
「助けてくれ」
しがれた男の声がする。
ドアが曲がっているためか、ノブを引いても動かない。
マックはそばにあった箒でガラス窓を壊した。
腕を差し込み、内側のロックを外す。
部屋では、男が倒れたピアノの下敷きになっている。
あらゆる物が散らばっていた。アニーは習慣で靴を脱いで上がろうとした。
『アニー。靴を履いたままでいい。でないと怪我をするよ』
アニーはそばにあったカーテンを引きちぎり、慣れた手つきで男の傷の止血をした。
マックは倒れたピアノの上の物をどけながら、その様子を見ていた。
『アニー、君、仕事は？』
「まだ、学生よ。看護学校の」
『それは心強いパートナーだ』
マックは、アニーの肩を軽く叩くとマンションの階段を駆けおりた。
マックは駐車してあった車のウィンドウを棒で叩き割った。
『後で修理代は請求してくれ』
ロックを外してドアを開け、トランクオープナーを引く。
トランクからジャッキを取り出し、工具箱と懐中電灯も拝借すると男の部屋に取って返した。
『お待たせ』
ピアノの下にオイルレンチを差し込む。
テコの原理を応用してできた隙間にジャッキを入れる。
『アニー。彼を引っ張って』
ジャッキが徐々に持ち上がり、男を引き出した。
男は呷いている。
腕が半分つぶれている。
『アニー、何とかならないか？』
アニーは首を横に振りながら応えた。
「私、医者じゃないもの。まだ看護婦の卵なのよ」
『しかし、オペには何度も立ちあっているんだろう？俺の見たところ、このままでは……。
いや、君の診断は？資格云々言っている場合じゃないだろ？』
マックはアニーをじっと睨んだ。
「いくら見よう見まねでやれと言っても、ここには何もないのよ」
『何もなければないで、工夫して代用品を作れば良い。必要なものは？』
「本気でやらせる気？」
『今、この状況で彼を救えるのは君しかいない。』
アニーはしばらく呆れていたが、やがて眼を大きく見開いた。
「うまくいかないかも知れないけど、やってみる」
『いいや、君なら、きっとうまくやれるさ』
マックは、部屋にあるもので使えそうな物を捜し始めた。
『あったぞアニー。消毒用のウィスキーそれに針と糸だ。絹糸だけどないよりましさ』
アニーはウィスキーを受け取ると、傷口にかけ、男にも飲ませた。
『麻酔もなくて痛いけど、我慢してくださいね』
男は微かにうなずいた。
アニーが手術をしている間、マックはベランダから外を眺めた。
火災の明るさで気づかなかったが、いつの間にか夜になっている。
あちこちの火災が昼よりはっきり見てとれる。
信じられない光景がとび込んできた。
火炎の竜巻が二人が入ろうとした公園の方向に移動していた。
その実態は、マックが見たよりもずっと悲惨だった。
津波発生。
高さ四メートルの津波が、継ぎはぎだらけの老朽化した堤防を破壊し、
爆発したコンビナートの油を浮かべ、東京湾沿いのすべてを襲っていた。
即ち燃えた濁流である。
津波に襲われなかった地域も海水が流れ込んできた。
海抜零メートル地帯、つまり江東区・墨田区の全域と葛飾江戸川区の一部、即ち江東デルタ地帯は、陸から海と化したのである。
マックはわずかずつだが確実に高くなっていく水位を、ただじっと見ていた。
（自然を冒涜した裁きだ）
「終わったわ」
アニーの声に我に返った。
男は苦痛の表情が和らぎ、顔に赤みがさしている。
『名医だよ。君は』
アニーの息づかいが必要以上に荒い。
『アニー。君も少し休んだ方がいい』
「どうしたのかしら。急に疲れが出たみたい。水が飲みたいわ」
マック自身も俄かに喉の渇きを覚えた。
『ふろ場に残り湯があれば濾過して飲めない事はないと思うけど』
「だめ、石鹸の溶けた水は、下痢を引き起こすの」
冷蔵庫に残っていたジュースを分け、飲みほした。
頭が重く感じる。
そういえばマック自身も息苦しさを感じていた。
『いや、これは疲れのせいじゃない。火災による酸素欠乏だ。』
東京都の半分が燃えたと仮定すると、上空の酸素供給量は必要量の二百分の一である。
「ねえ、私たち、このまま死ぬのかしら。」
『最後まで希望を捨てちゃだめだ。そう、確か、このマンションの隣の建
物は、溶接工場だったように記憶してるけど』
「どういうこと？」
『酸素ボンベだ。窒息する前に、試してみる価値は十分にある。アニー、手伝ってくれ。』
二人は工場のシャッターを開き、ボンベの山を発見した。
『覚えておくといい。酸素は法律で黒いボンベに入っている。探すんだ』
二人で重いボンベを引きながらマンションの階段を上がる。
部屋をできるだけ密閉状態にして、ボンベのバルブを開ける。
「マクガイバー、さっきから思っていたこと言っていい？』
マックは肩をすくめた。
「私、こんな時でなくて、もっと普通の時にあなたに会いたかった」
『俺もさ、アニー』
マックはそっと唇を寄せた。
翌朝。
アニーは微かに響く金属音で目を覚ました。
横を見るとマックの姿がない。
音の鳴る方向へいってみる。
マックはエレベーターをこじ開けているところだった。
アニーの姿を認めるとマックは言った。
『エレベーターに人が閉じ込められているらしい。幸いこの階で止まるところだったので、簡単にストッパーが開くのさ。』
ドアを開けると若い母親が子どもを抱きかかえている。
『運が良かった。エレベーターシャフトの中に空気が残っていたんだ。大
丈夫？』
「私は大丈夫です。でも、子どもが」
赤ん坊の下半身は真っ赤に染まっている。泣き声をあげる力もない。
子供の顔はチアノーゼをおこしている。
「大地震で足を怪我して、病院に連れていこうと…」
「この血の量では早く輸血をしないと」
アニーは祈るようにマックに言った。
『念の為に、病院を探してみよう。生き抜いてくれている医者がいるといいんだが』
急いで病院の位置を教わる。
下に倒れていたオフロードバイクのイグニッションを直結。キックペダルを思いきり蹴り、エンジンを始動させると、水位が十センチほどの街を
走った。病院はどこも崩れ落ち、たまに開いている病院の前は酸欠のため、断末魔の患者で溢れていた。
マックはターンし、一階部分が崩れた学校を覗いた。
（いよいよアニーの出番だ）
マックはマンションに戻った。
『はっきり言って最悪だ。病院はこの子を見てもらえる状態じゃない。ただこの子を救う可能性は一つだけある。アニーいいかい？」
アニーは黙ってうなずいた。
『アニーにこの子の運命を預けてもらえますか？彼女はただの看護婦ですが』
「お願いします」
母親はきっぱり言った。
『お母さん、この子とお母さんの血液型は？』
「Ａ型です」
『よかった』
「でも器具も何もないのにどうやって？」
『幸い近くの学校の理科室に、使えそうな物がある』
マックは、非常用に理科室の壊れていない物をかき集めた。
丸底フラスコにわずかの水を入れる。ビニール管をつないで栓をする。
アルコールランプをつけ、下から温める。
アニーは不思議そうに尋ねた。
『水が水蒸気になると膨張する。水蒸気が、フラスコの中の空気を追い出したところでビニール管をふさぐ。そこで、冷えるのを待つと、フラスコ
の中は真空になっているという訳だ。』
フラスコが沸騰し始めると、熱して消毒しておいた実験用の注射針をビニール管につけた。
『こんなことは看護学校では教えないだろうな？』
母親が腕を差し出す。
「この子が助かるなら、私の血をいくら使っても構いません」
『いや、実はこれでも、俺は繊細、といわれるＡ型なんでね』
マックは、注射針をまず自分の腕に刺した。
献血の要領で、拳を握ったり開いたりする。
『俺の血を輸血するんだ。必ず助かるさ』
母親を励ましながら、フラスコが血液で満たされると、マックはアニー
に手渡した。
「アニー、君の出番だ」
アニーは子どもの静脈に針を刺した。
マックはポリバケツに砂場の砂や、焼却炉の灰・木の燃え残り・ガラスの破片などを入れ、プールから殺菌用塩素を持ってきた。
理科室に戻ると、輸血は終わっており、赤ん坊が元気な泣き声をあげていた。
『やったな、アニー』
「マック、あなたのおかげよ」
アニーも声をたてて笑った。
マックが持っていたポリバケツが気になるらしい
『これかい？これは簡易浄水器さ。飲んでみるかい？勿論、石鹸は入ってないよ。』
アニーの口元が緩む。
「ええ」
アニーはポリバケツから滴り落ちる水を手ですくった。
『味はどう？』
「おいしいわ。こんなおいしい水初めて。」
『おなかはどう？』
「食べ物なんかあるの？」
『ラッキーなことに家庭科室に小麦粉と砂糖が残っていた。この理科実験室にも澱粉と氷砂糖がいくらかある』
「でも火がないわ。ガスは使えないし」
『ここは理科実験室だぜ。マグネシウムリボンは高温を発生する。アルコールだって使えるさ』
眼を丸くするアニー。
『冗談だよ。図書室の本を燃やせば、いくらでも燃料はあるさ』
フライパンで小麦粉に砂糖を混ぜて焼く。
情報をつかむ為に、スイッチをＯＮのままにしておいたラジオが、被害状況を報告する。
「昨日の東京大地震で、環状七号線の内側は、完全に走行不能となっております。
鉄道関係は、東海道線は藤沢、東北線は大宮、中央線は八王子、常磐線は柏、外房線は津田沼まで、十日以内に各徐行折り返し運転を再開する予定です。
都内各地で断水・停電などが相次ぎ、復旧のめどは、全くたっておりません。政府は各国に救援の依頼を出しております。しかし、東京大地震は
世界経済にも大きく影響を及ぼし、各国で株価が大暴落、史上最悪の恐慌に見舞われる事は避けられません。
閣議は臨時的に遷都を検討しています。
救助作業は困難を窮めており、現在、比較的被害の少なかった目黒・北・中野区など周辺地区から始められております。
なお、先程もお伝えしましたとおり、下町地区は大火災のための酸素不足で壊滅したと見られており、生存者は確認されておりません。」
アニーは驚きの声をあげた。
「これって、助けに来ないって事よね。生存者が僅かだから見捨てるって
言うの？このまま餓死するのを待てって意味？」
『落ち着くんだ、アニー。君は看護婦だ。患者を不安がらせないことだ。俺に考えがある』
マックはラジカセを分解していた。
「マクガイバー、何をしているの？」
『無線機を作っているんだ。黙って救助隊を待っている訳にはいかない。
できる限りの事はしてみるつもりさ』
駐車してあった車のバッテリーを接続し、アンテナの方向を変えながらチューニングダイヤルを少しずつ回した。
無線交信がとび込んでくる。
マックはトークスイッチを押した。
「ＣＱＣＱ。こちらマクガイバー。どちらかで聞こえますか？どうぞ』
何十度目かの呼びかけの時、コールが帰ってきた。
「こちらＪＭ１ＳＧＺ。どうぞ」
『ありがとう。フェニックス財団のピ−タ−＝ソントンに伝言をお願いしたい。…………』
ヘリコプターが近づくにつれ、ピーターの顔がはっきり判別できた。
マンションで救った男や輸血した赤ん坊を抱く母親に安堵が帰ってきた。
校庭に着陸。
ピーターがおりて右手を差し出した。
「マック、本当に無事でよかった。」
マックは握り返した。
『ちょっと遅れたけど、パーティのごちそうは残っているかい？』
（了）
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