黄金のクレパス
黄金のクレパスがありました。
そのクレパスでねがいごとを書くと、望みがかなえられるのです。
貧しい男の人が黄金のクレパスを拾いました。男の人はそのクレパスで
「世界一のお金持ちになりたい」
と書きました。
男の人はどんどんお金持ちになりました。
世界中の欲しいものを全部買ってしまい、食べたいものを全部食べても、お金が余るばかりでした。
ついに男の人は、世界中の家や土地も買ってしまったのです。
自分の物を取られた世界中の人たちは、その男の人を大嫌いになりました。
ここで男の人は、初めて気付きました。
「お金だけあっても幸せにはなれない」
男の人は黄金のクレパスで書いた願い事を消しました。
クレパスが消え、男の人のお金も全部消えました。
ある時、黄金のクレパスは貧しい村に着きました。
村人が拾って書きました。
「村の人みんなが、お金持ちになりますように」
村はお金持ちばかりになりました。でも働かなくてもお金が手に入るので、誰も働かなくなりました。田や畑はあれ放題。
誰も米を作らなくなったので、お金はあっても食べ物がなくなってしまいました。
ある時、黄金のクレパスを、若い女の人が拾いました。女の人は書きました。
「世界で一番美しくなりたい」
女の人は、それはそれは美しくなりました。
若い男の人たちは、美しくなった女の人と、結婚したいと思いました。
女の人は、その中で一番かっこいい男の人と、結婚することにしました。
でも年をとって女の人の顔にしわが出始めると、男の人は出ていってしまいました。
女の人はもう一度黄金のクレパスで願いを書きました。
「もっと若くなりますように」
女の人は若くなっっていったかと思うと、やがて二十才に若返り、十才の子どもになり、一才の赤ん坊になり、生まれてくる前に戻ってしまったのです。
女の人は、もう一度生まれてきた時からくりかえさねばなりませんでした。
あるとき、黄金のクレパスを病気のおじいさんが拾いました。
おじいさんは書きました。
「病気が治って、年をとらずにずっと生きていられますように」
おじいさんはとても元気になりました。
二百年も三百年も生き続けました。
世界中の本を読んで世界中の食べ物を食べて、世界中を旅行して、もう生きていても何も楽しくありませんでした。
おじいさんは黄金のクレパスのことを思い出して書きました。
「もう、生きていてもおもしろくありません」
黄金のクレパスはどこかに飛んで消え、おじいさんも消えました。
あるとき、黄金のクレパスをマラソン選手が拾いました。
「世界で一番速く走りたい」
それからは、マラソン選手は競走で一番ばかりです。
何も苦労しなくても、いつもその選手が一番なのでマラソン大会はなくなってしまいました。
選手は黄金のクレパスの秘密をみんなに知らせました。もう、選手は大会に出られませんでした。
その秘密をこっそり聞いたどろぼうが、黄金のクレパスを盗みました。
どろぼうは書きました。
「何を盗んでもつかまりませんように」
どろぼうは毎日たくさんのものを盗んでもつかまりませんでした。
ある日、どろぼうの家にどろぼうが入りました。クレパスも盗まれました。
そのどろぼうも決してつかまりませんでした。でも黄金のクレパスの秘密を知らなかったので捨ててしまいました。
黄金のクレパスを、泣きむしの女の子が拾いました。
女の子はいつも泣いてばかりいたので、「泣き虫」と呼ばれていたのです。
「泣かない女の子になりたい」
女の子はいじめられても叱られても、泣かない強い子になりました。
自分の飼っていた猫が死んでも、友だちが悲しいめにあった時も泣かなかったので、
みんなから「優しくない子」と言われるようになりました。
女の子はもう一度、黄金のクレパスで書きました。
「やさしい子といわれたい」
みんなは、その女の子を「やさしい子」と呼びました。
でも本当はやさしくなかったのです。
やさしくないのに「やさしい」と呼ばれるのはおかしい、と思いました。
女の子は書き直しました。
「やさしい子になりたい」
すると黄金のクレパスはひとりでに動いて書きました。
「それはできません」
女の子は考えました。
本当にやさしい子になるにはどうしたらいいの？
女の子は困っている人を助けるために、黄金のクレパスを使ってみようと思いました。
「世界中の困っている人たちが、幸せになれますように」
クレパスは細かくくだけて、世界中に散っていきました。
そして今でも、クレパスは世界中の子どもたちの夢を描く道具です。
（おわり）