童話「僕がブタだった日」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　by　yeonso

僕はどうしてここにいるのだろう？
そう気がついたのは、僕がブタになっていたからだ。
人間だった時の記憶が段々薄れていくので、いつからこんな姿になったのか、よくわからない。
昨日からのような気もするし、もっとずっと前からだったかも知れない。
わかっているのは、僕は前は人間だったということだ。
とにかく、気がついた時には、豚舎の中で他のブタと一緒に、人間からもらうエサを食べていた。


どうしてこんな姿になってしまったのだろう？
僕が肉が好きで、ブタ肉をたくさん食べたので、今度は僕が食べれられる番になったのか知れない。頭も良く、ハンサムで、スポーツ万能だったことを人に自慢していたせいかも知れない。

「僕は本当は人間なんだよ」と一所懸命に言おうとするのだけど、どうしても
「ボボビ、ビービプバ、ピービブバブベヒ」
という声しか出ないの。もっとも、通じても信じてもらえないと思うけど。

人間の声が出なくなった代わりに、ブタ語が判るようになった。
他のブタは食べることだけが楽しみなようだ。
人間の時に、まずい食べ物のことをよく「ブタのエサ」って言ってたけど、最近は大きく育てるために「配合飼料」というのを毎日食べさせられている。人間の時は絶対食べなかったようなものだけど、僕の体はそんなエサでも受け付けるようになっているようだ。
でも、毎日同じものだとさすがに飽きてくる。
「たまにはステーキでも食べたいよ」と思ったが、ステーキというのは僕自身の肉のことだとハッと気付いた。

ブタたちはこんな小さな畜舎に閉じこめられたままでも、気にならないらしい。
生まれた時から、この豚舎と狭い庭しか知らないのだから。
そしてもう少し大きく育つと、人間に殺されて食べられてしまう、ということも、他のブタは知らずにいるままだ。そんなこと、教える訳にもいかない。
でも、他のブタはともかく、僕の人生、いやトン生はどうなるの？このまま人間に食べられるために生きていくの？僕は肉屋に売られるのを遅らせるために、できるだけ餌を食べないようにした。大きくならないように

そして困ったことに、僕の人間だった時の記憶がだんだん薄れていっていることだ。代わりにどんどん本物のブタに近づいている。
どうにかして早くここから逃げなければ、やがて僕は人間だったことも忘れ、そのうち人間に食べられてしまう。僕もさんざんブタ肉を食べてきたのだけど。
「僕は、本当はブタでなく人間なんだよ」と頑張って伝えたくても「ボボビ、ビービプバ、ブバベパプ、ピービブバブベヒ」という音しか出せない。

ある日、僕は、飼い主がエサを配りに来た時に、入り口の扉が開いた隙を狙って逃げ出した。そしていちもくさんに走って逃げた。手が使えない分、４本足で走るので、人間の時よりずっと速く走れる。それで、逃げられると思ったのだが、見張りの大きな犬のシェバードに追いつかれ、つかまってしまった。

次に逃げたときは、飼い主と犬が遠くに出かけた時だ。人間の時よりジャンプ力はあることが判ったので、他のブタ君には悪いが、彼らを踏み台にして思い切りジャンプしたら、畜舎の窓を越えられた。
ヤッター！そこから必死で走った。後から犬ににおいで追いつかれないように、広い川も頑張って泳いだ。熊や毒蛇が出そうな山の奥深くにも入って、虫に刺されたり、とがった小枝に足を怪我したりしながら、とにかく必死で走ったんだ。

僕は夜も休まず３日間走り続けて、いくつ目かの村の近くに出た。
そこで僕は考えた。ブタの姿のままでは、人間に見つかったら、またつかまってしまうかも知れない。そしてすぐに食べられてしまうかも知れない。

どうせつかまって肉にされるなら、その前にもう一度お父さんとお母さんに逢いたい。
お父さんやお母さんが僕の姿を見て、僕だとわからなくても、それは仕方ない。
でも、どんな姿になっても僕は僕なんだよって、地面に足で字を書いて、教えてみることはできる。それでも信じてもらえなかったら、『僕を食べて下さい』、って書こう。他の人に食べられるくらいなら、お父さんとお母さんに食べらた方が良い。それなら最後まで側にいられるっていうことだから。


そして、僕は人間に見つかってしまった。
しかし、その村は隣の村と戦争をしていた。
人間同士が殺しあうことに忙しくて、ブタの僕は何故か殺されなかった。
ある時、水たまりに映った自分の姿を見て、それも納得できた。
こんな汚いまずそうなブタなんか食べたいと思わないのだ、と思った。

食べられないのは一安心だが、汚い僕を見つけた子どもたちからはいじめられる時もあった。ある時は棒で思い切り叩かれた。「ブヒイッ」。思わず「痛い」と叫んだつもりだが、ブタ語しか出てこない。その少年は痛がる僕をまた叩いた。「ブヒボピビ」。もう許してと言ったつもりだが許してくれない。僕はその場から逃げた。少年は追いかけてくるが、僕も必死だ。そしてようやくその少年が諦めたころ、後ろを振り返ると、その少年は、僕の小さい頃の姿だった。
　僕はその瞬間、ブタになってからずっと忘れていたことを思い出した。
　僕は人間だった時、家の近くを歩いていた野良ブタをいじめたんだ。あの時のブタは逃げるときにすごく悲しそうな目をしていた。それは僕だったんだ。
　はっきりとその時ことを思い出したら、僕は人間の姿に戻っていた。遠くで一匹のブタが逃げていくところだった。
　僕は手にしていた棒きれを投げ捨て、思い切り叫んだ「ブタくん、ごめんよ」
　
　　　　　（おわり）