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サイキック少女  yeonso作


 第一章 ESP少女

初めての場所を訪れた時、遠い昔に来たような気がする。
 岩井美紀は、行ったことのない場所なのに、その場所が記憶の片隅にあるように
思えるのだ。
感情的になっている人のそばにいると、自分の皮膚がピリピリする。
重苦しい雰囲気が伝わってきてしまう。
美紀はそんな感覚が人一倍敏感だった。
その特殊な感覚が人にはない、と知ったのはずっと後になってからである。

幼稚園の頃、母に手を引かれて道端を歩いていた。ある家の前に来たとき、今までになく激しい感じが胸に突き刺さった。
見ると、建物は赤いもやもやに包まれている。
「怖い!」
 美紀は思わずそう叫んでいた。
 母には、美紀が何を言っているのか、分からなかった。
 いつも通る道。その家も、いつもと何も変わらない。
「美紀、何でもないじゃないの。ここの家の人は今お留守なのよ。何が怖いの?」
美紀にはうまく説明できなかった。

 翌日。
 美紀は近くで、消防車のサイレンを聞いた。母は外へ出て近所を見渡した。昨日、美紀が怖い、と言っていた家が燃えている。
美紀には、見なくともどこの家が火事なのか分かっていた。
 母は昨日の事をすっかり忘れたのか
「ストーブの消し忘れですって。気をつけなくちゃね」
とだけ言った。
それまでは、他の人間も同じような感覚があると思っていた。しかし、初めて火事を目の当たりにして、美紀は人の不幸を自分だけがあらかじめ知っていた事に気づいた。

小学校入学。
美紀は学校の勉強ができなかった。
何より算数が解らない。どうしてみれば分かるのに数字なんてあるのだろう?と考えているうちに授業が先にすすんでしまう。
 言葉もなかなか覚えられなかった。まして、字はもっと覚えられなかった。どうして物に名前があるのか、納得できなかったから。
 美紀にはまわりにある物すべてが、つながっているように見える。木の中に水が流れ、生き物と自然は一緒の物なのだ。空気と風は同じだし、人と人、人と物は心でつながっている。すべて物はひとつに感じる。それを別々に分けて名前をつけるということが解らない。
 空は空、星なら星、鉛筆なら鉛筆、それらは人が言葉に出す前に心に描いている。美紀にはその瞬間に、人が何をイメージしているのか分かってしまう。だから言葉なんて必要ないのだ。
そんな美紀に先生は勉強を教える。先生が自分を勉強のできない可哀想な子だと思っているのも感じる。しかし、美紀にはどうしようもない。

 友達がハーモニカを隠されたと言って、泣いている。
 美紀には見えた。その友達のハーモニカは、別の子が間違えて、ランドセルにしまっていたのだ。
 美紀は立ち上がり、そのランドセルから泣いている友達に、ハーモニカを持ってきてあげた。ところが予想しない答えが返ってきた。
「どうして隠したの!」
ーー隠したんじゃないよ。隣のこうじ君が、間違えてランドセルに入れちゃったの。
「うそ。それじゃどうしてそれを知ってるの」
 周りにいた数人も、美紀を責めた。
先生も、美紀が成績の良いその子をねたんで意地悪をしたのだ、と思っていた。
成績の悪かった美紀は、先生からも信用してもらえない。
 先生は美紀に向かってその子に謝るように言った。
ーー本当にみんなは、分からないだ。
 美紀はみんながそう望んでいるのだから、謝ることにした。

 美紀は絵も描くことができなかった。絵を描けないのは、物の輪郭が分からないからだ。色が区別ができないからだ。
 それよりも、美紀に見えるのは、その物から放射されているエネルギーの色なのだ。
それをオーラということを知ったのはずっと後になってからだ。
 水色は空の色、と教わった。クレヨンに空と同じ色はない。毎日の空の色も、全く同じ色というのはない。色紙も洋服も、みな色が違う。
 美紀は絵を描く時に、普通の子が肉眼で見える色ではなく、知らぬうちにオーラの色を使ってしまうのだ。

 両親と遊園地へ行く休日。
 駅のプラットホーム。
 美紀は電車が好きだ。
 美紀は両親に連れられて、列車に乗るところだった。突然、体を、ビリビリした恐怖感が襲ってきた。
ーーこの電車はいや。絶対乗りたくない。
 普段わがままを言わない美紀が、そう叫んでホームに座り込んでしまうものだから、美紀の両親は困った。
 元々わがままを言うはずがない。
美紀には、父や母が考えている事が分かってしまうのだから。
 父が手を引いて、電車に乗り込ませようとすると、美紀はその手を無理やり振りほどいて、改札口に一目散に走った。
 乗ろうとしていた電車のドアは閉まり、発車した。
「仕方がない。次の列車にするか」
 ところが、美紀がだだをこね出した。
ーー今日は遊園地に行かない。
(この子は何を言っているのだろう。)
前から、遊園地をあんなに楽しみにしていたのに、と父は思いながら美紀をなだめようとした。
 駅のアナウンスが、突然の事故を知らせる。
「ただいま、踏切事故が発生しました。上り列車は当分不通となります」
 美紀が乗ろうとしていた列車が、脱線転覆したのだ。
 父と母は頭をひねったが、偶然の一致だとしか思わなかった。

小学校三年生。
 教室から飼っていたカブトムシが逃げた。クラスみんなで学校中を捜す。
 美紀は「カブトムシ」と聞いた瞬間、校庭の隅の木の枝に止まっているカブトムシが、頭の中のスクリーンに現れた。美紀は一人、その木に向かって走った。
 カブトムシは、そこにいた。つかまえようとすると、カブトムシから悲しい波長が伝わってくる。
(自由になりたい)
 美紀は、捕まえようとしたその手を引っ込めた。
ーーもう、捕まっちゃだめだよ。遠くにお逃げ。
 そうつぶやくと、カブトムシは羽を広げてさっと飛んでいた。

 その頃、父と母は勉強のできないことを不憫に思って、家に帰ってからの美紀に必死で勉強を教えていた。美紀は父と母の心を読んで、みんな自分とは違う世界に生きているのだと解った。そして微かに、自分が生まれる時、この両親を選んだ、という記憶がよみがえったように気もした。
 その両親が教えてくれる言葉や文字がなければ物が区別できないし、他の人の意思が伝わらない。そんなことが少しずつ理解できるようになってから、美紀は学校の勉強というものも覚えようとした。
 みんなのする勉強の意味を理解できてからというもの、美紀はまた、苦しんだ。
テストは全部百点なのだ。勉強をして覚えている訳ではない。問題を読むと、答案用紙に答が浮き出て見えるのだ。
 試験中に友達に心を合わせてみた。
 驚いた事に、同級生は皆、心で考えずに頭で考えているのだった。

 今まで成績が悪かった美紀の成績が、急に良くなると、また困った事が起きる。
友達に、勉強を教えてくれ、と頼まれる。だが、理解できているわけでもないから、教えられるはずがない。
 また、嫌われものになってしまった。自分だけ勉強ができて、教えてもくれない冷たい子、と。
 それから美紀は、テストはわざと間違えを混ぜてほどほどの点数になるようにした。

小学校五年生。
 クラスメートがトランプをやっている。美紀には何が面白いのか理解できない。カードの裏側に何が描いてあるのか、分かってしまうからだ。
 ボール遊びをするにしても、そのボールがどこへ飛ぶのか、分かってしまうからあまり面白くない。
ーーみんな、先が分からないから、面白がるのだ。
 遊びの中でもオセロは違っていた。一手一手が未知だ。自分がどこに打つかによって相手の打つ場所が違う。
 ただし、それはうんと弱い相手とやる時だけ。よく考えないで打つから、そんな頭の中は美紀には読めない。少し強いい相手の時は、考えていることがしっかり分かってしまうから、相手が困る所に打つ。
 一度だけ、とても強い人と打った。この時は初めてゲームに強い人の頭の中を覗けた。色々な場所に打った場合の一〇手も先までものすごい速さで場面が次々に頭に描かれる。その速さに美紀はついていけない。その中で一番良いところに打つのだから、美紀は手も足も出ないで負けた。
 それからしばらくして美紀はテレビゲーム機を買ってもらった。機械だからCPUの中は美紀には読めない。
 しばらくオセロで遊んでいたら、父が、他のゲームソフトも買ってきてくれた。ちょっとやってRPGはやらなくなった。全部の条件が読めてしまうからRPGは美紀には向かない。でも対戦型とシミュレーションは面白かった。
 
 他に美紀にとっては、楽しみといえるのは、音楽を聴く事くらいだった。
美紀のその能力は、誰にも理解できない。他の人のように、遊びを楽しめないのはとても悲しい事だ。そして言ったとしても、信じてもらえそうもない。両親にも誰にも相談できない。

 みんなと違うのがはっきりわかってきた年頃の美紀には、親友と呼べる友達がいなかった。
 相手が嫌がることは決してせずに済み、みんなと話を合わせることはできようになった。だから嫌われていないのは解る。しかし、友達とも思われていない。
 女の子はいくつかの仲良しグループになり、誕生日に互いの家に招きあっている。
美紀だけは誰からも呼ばれない。

 友達同士の楽しさの感情というのも読める。しかし、美紀は味わったことがない。どうしてみんなと同じように生まれてこなかったのだろう?、と思った。
 美紀はひとりぼっちだった。このまま六年生になり、中学に行ってずっと一人ぼっちはイヤだ。
  
 小学校を卒業する時、父の転勤が決まった。
だが、美紀が悲しむといけないと思い、父は黙っていた。その頃、美紀はすでに、人の心にどうしたら自由に入り込めるか、を知っていた。その相手を思い浮かべ、心の焦点をその相手に合わせればいいのだ。その相手のだけの持っている、心の波長に自分の波長を合わせる。
 父の心に焦点を合わせてみた。
 転勤する事をどう切り出したらよいのか、迷っている。その瞬間、東京の町並み、風景、汚れた川、工場、立ち並ぶビル、住宅、街を歩く人の群れが美紀の心のスクリーンに映った。
ーー私は東京に行くんだ
「パパ、私、今の学校の友達嫌いなの。優しくないんだもの。どうせならみんなと違う中学に行きたいな」
 父は目を丸くしたと同時にほっとした。


これらの能力は、誰でもが多かれ少なかれ持っており、訓練によってその力を強めることができる。
しかし、現在の科学では否定されているので、多くの人はそんな能力などない、と思いこんでいるだけである。


 第二章 思春期
 
東京に出てきてからしばらくたった。
普通の女の子として生活しよう、そう決心してから友達もできた。
わざと人の心に波長を合わせないようにした。外見は普通の女の子になれた。
しかし、心を読み取ることを拒否することはできなかった。

 学校へ行き、みんなと一緒に勉強する。
 勉強はつまらなかった。国語の教科書は、読む前から内容が分かってしまうし、理科の実験も始める前から、結果が分かってしまうのだから。しかしもう友達と違うと思われないよう、自分の力を隠すことができるようになった。
 遊びも、ゲームやスポーツなど、結果が分かってしまうものはつまらないが、分からないふりをして友達につきあった。
 買い物やサイクリングは楽しかった。友達が、精神的に解放されて生き生きしている時、美紀も安定していられる。
 逆に、友達がけんかをしている時、叱られている時、悲しんでいる時、懸命に波長を合わせないようにするのだけれど、やはり想念が伝わってきてしまう。そのままの気持ちが美紀の心に飛び込んでくる。美紀はどうしようもなくなる。
 美紀は優しい子だ、といわれる。
友達が泣いている時、一緒に泣いてしまうからだ。
ーーこれは、優しさなんかじゃないよ。ただ、人が何を望んでいるのか、分かってしまうだけなのだから。
 そうつぶやくだけである。

異性を好きになる、という事が美紀には分からない。
恋をしている友達に、想念を合わせてみた。とても妙な苦しみだ。それが恋だという事は理解できる。だが、特定の人だけを好きになれる、という事が納得できない。人間はみんな、心の底でつながっているのだ。だからこそ、人の心が読めるのだから。
 どんな男も女も、少しの幸せに喜び、ささいな事に傷ついている。
 みんな本当は同じなのだ。だから特定の人だけ好きになる、という事が美紀にはできない。

ところが、美紀はある男子生徒の想念が、自分に向けられているのを感じてドキッとした。
彼はいつも美紀の事を思い、心が美紀に集中している。
そういえば思い当たることがある。期末テストの時、隣に座った彼が、消しゴムを忘れた事に気がつき、どうしようか、と焦っていた。美紀はその想念を受け止め、自分の消しゴムを半分に切ってそっと渡したのだ。その日から、彼は美紀から、一言でも話しかけられる事に喜び、起きてから寝るまで、美紀の事を想像している。
遠くからも美紀を見つめ、美紀の家の前を通り過ぎる時、美紀の部屋をしばらく眺める。美紀の顔を思い浮かべる。
ずっと彼は美紀に対する思いを、打ち明けようかどうしようか悩み続けている。
ついには美紀が他の男子生徒と話をするだけなのに、嫉妬する。

ーーこれが恋というのか。
美紀にはどうする事もできない。もし、打ち明けられたら、どう答えればいいのだろう。あれほどまでに思ってくれる彼の気持ちに、応えられないのは恋をするよりもっとつらい、と思った。
 彼のために何かをする事は、また彼に期待を持たせる事になる。
 彼を嫌いではない。だが好きになる事はできない。いや、好きなのだが、美紀は彼だけでなく、人間みんなを好きなのだ。
 
 ついにある日、放課後の教室で、美紀は彼と二人きりになってしまった。 彼が美紀に近づいてくる。何を言いたいのかも、はっきり伝わってきている。胸が張りさけんばかりになっている。
「俺、………」
 美紀はあわてて首を横に振り、逃げるように教室をとびだした。
ーーごめんね。こんな私を、好きになってくれてありがとう。でも、今の私には何もできないの。だから、私を好きになっちゃいけないの。
一人教室に残った彼の、その想念に美紀は捕まってしまった。涙があふれてくる。
今の美紀は彼の想念に合わせてあげ、一緒に泣くだけだ。彼のためにしてやれる事はそれだけなのだった。

美紀は自分の特別な能力のために、初めて本当につらい経験をした。
彼の心の痛みが伝わってもどうしようもないのだ。
 また思った。
ーーどうして私は、普通の子に生まれてこなかったのだろう?

美紀は何となしにESPの本を買った。
自分の持っている能力が、超能力というものだと初めて知った。

 ESP(エクストラセンソリィ・パーセプション)は、大きく分けて五種類ある。

一 テレパシー
人の心を読み取る。
二 テレポート
自分を思う場所に移動する。
三 予知
未来の出来事を知る。
四 透視(リモートビューイング)
肉眼では見えないものを見る
五 テレキネシス(念力)
手を触れずに物体を動かす。

 美紀の能力は予知とテレパシーというのだ、と知った。

美紀は幼い頃から、怪我や事故はない。何か自然に危険を察知できたのだ。
 直感だけで生きてこられた。だからといって、苦しみがないわけではない。人の心の中を見れば、苦しい事、悲しい事があまりにも多い。死ぬほどつらい、という気持ちも分かる。
 そこで美紀は、自分の能力が超能力というものなら、せめては人の役に立ててみよう、と思った。

あらゆる人が想念を発し続けている。
空中には電波のように、無数のテレパシーが飛んでいる。
 誰でもテレパシーを送っているのだ。けれどそれを受け止める人が気がつくがどうか、という問題だ。

自分の能力を人のために役立てよう、と決めてから、暇さえあれば街に出かけるようにした。道に迷っている人、迷子、目が見えずに少しだけ手を貸してほしい人、そんな人の想念をキャッチすればそば行き、積極的に声をかけるようにした。
 道案内はすぐにできる。迷子もその子の母親像を読みとればどこにいるのか判る。目が見えない人は誘導できる。日本語が話せない外国人の想念を読みとれば通訳のようなこともできる。
しばらくの間、美紀は誰からも喜ばれた。

学校の友達にも、できる限りの事をした。
互いにひそかに思いあっている男子と女子がいれば、そのキューピッド役もできた。
ひとり悩んでいる友達がいれば、自分から声をかけてしまう。
「どうして私の考えている事が分かるの?」
初めは超能力だと説明したが、信じてもらえなかった。
「占いでもやっているんじゃないの」
友達はそう言った。
ーーそうか、占いと言えば済むんだ。
 心の中も、未来の結果も分かるのだが、それを占いという事にすればみんな納得してくれる。
それから美紀の占いは、とてもよく当たる、と友達に評判になった。美紀も自分の能力が、役に立てて嬉しかった。あまりにもよく当たるので、悪い結果が出た時には正直に応えるのがつらい事もあった。そして、結果を正直に全て伝えてはいけないことも何度かの経験で覚えることができた。どんな結果であっても、それが占いのせいにならば、誰も傷つかない、と思っていたのだが、友達は違っていた。そんな何人かの友達はしばらくは美紀の側を離れたが、いつかもどってきた。

 能力を人のために使うことによって、力が強くなってきた。
自分の能力がとぎ澄まされるにつれ、困った事も起きた。
 まず、食事で肉が食べられなくなってしまった。その動物が殺された時の想念が、肉にしみ込んでいることさえも感じられてしまう。
 次に動物だけでなく、生きている植物にも感じるようになった。道端の草を歩いていて踏むと、その痛さが草の想念となって伝わってきてしまう。

やがてついに、最悪の予知ができるようになってしまった。友達の死を予知してしまったのである。
ーーまさか
 美紀は自分の予知が、はずれている事を願った。あの元気な恵ちゃんが死ぬ訳ない。恵は誰かを傷つけることを考えたことのない、心の澄んでいる子だということは美紀が一番知っている。
 誰でも心の中に、思いやりや優しさといったものから、憎しみやずるさも合わせ持っている。けれど恵は優しさの量が多く、自分の事と全く同じように、友達の事も心配できる子だ。
 初めて親友と呼べるものを持った。それが恵だ。
 美紀には恵の想念を読むことができなかった。美紀に想念が読めるのは自分と同じ次元かそれ以下の次元の人間だけであることを知ったのはずっと後のことである。
 その死が事故によるものならば、それに遭う前にアドバイスもできる。
ーー病気は避けられない?
恵は親友だ。失いたくない。
 そしてその予知は誰にも言わず、ただ外れることを祈って黙っていた。

 二か月後、恵は突然倒れた。病院に担ぎ込まれた時はすでに手遅れだった。
その時になってあと、わずか一週間の命だということが、美紀には見えた。美紀は毎日のように見舞いに行った。ベッドに横たわる恵のほかには、病室には誰もいなかった。
「美紀ちゃん。知っていたんでしょ。私が死ぬこと。最近、あまり話さないようにしてたもんね。どうしてかなって思ってた。私だけは美紀ちゃんが、占い師でなくて、超能力者と思っていたのよ。そうなんでしょ?」
ーーう…ん
「誰にも言わないから、ひとつだけ教えてほしい事があるの。私、あとどれくらい生きられる?本当はそれも分かるんでしょう?」
ーー何と応えていいか?
「教えて。そうすれば残された時間で何をすればいいか、決めることができるの」
恵はじっと美紀を見つめていた。
ーーあと、ちょうど一週間。来週の土曜日の夕方。
 恵の目はみるみる潤んできた。
「ありがとう」
 恵のやっとのその言葉を聞き終わるや、美紀はいたたまれなくなり病室を出た。

次の土曜日。
 美紀が予知したとおりの夕方、恵は美紀の前で息を引き取った。病院から飛び出し、美紀は涙が涸れるまで泣いた。
ーーどうして?どうして恵が死ななければならないの!
 自分の超能力の訓練で、友達の死まで予知できるようになってしまった事を後悔した。
ーー知らなかったら倒れる直前まで、ずっと明るくつき合えたのに。知ってしまったから、楽しい話も遊びもできなくなってしまったのね。もう、いらない。やっぱりいらない。超能力なんて。普通の子がよかった。どうして私だけが、超能力をもって生まれてきたの? 未来なんて見たくない。予知なんてしたくない……………

「美紀ちゃん!」
 突然頭に恵の声が響く。美紀の側には誰もいない。
ーーえ!
「私、自分のがもうあっちの世界に行くのが分かる」
ーーあっちの世界って?
「すごくやさしいきれいな世界。今、それが分かるの。だから私のために悲しまないで」
ーー今、どこにいるの?どうやって話しているの?
「美紀ちゃんだけが私の声が聞こえるって今なら分かるの。あっちはとっても懐かしい感じのする世界よ。死んだおじいちゃんもいるのが分かる。」
ーーおじいちゃんがそこにいるの?見えるの?
「うん、ありがとう。最後まで側にいてくれて。ありがとう、友達でいてくれて。もう行くね」
ーー恵ちゃん、行かないで!
「元気でね。あっちの世界でずっと祈っているから……」
霊が見える人の話が聞いたことがある。でも美紀には見えない。しかし、恵の声だけははっきり聞こえた。


 第三章 出会い
 
 恵の死からしばらく経って、美紀はひとつの答を探し出した。
 もう、人の死なんて予知したくない。ある人の想念を読んでいる時には、他の人の想念は読めない。テレビのチャンネルを合わせるように、一度に受け取るのは一人なのだ。だったら誰か幸せな人に、ずっと自分の心を合わせておけばいい。そんな幸福な人を捜そう。

街を歩く。
 幸福に見える人は、たくさんいる。
 自分の生活の事だけでいっぱいだったり、人をどう騙そうか、と考えている人もいる。いつも金儲けの事だけしか頭にない人も、自分をあきらめている人もいる。美紀には外見より先に、オーラが見えてしまうのだ。美紀が遭いたい人は、金色に輝くオーラを持った人だ。
見つからない。
ーーどうして私が、自分が捜している人を見つけられないの?
ーーもしかしたら私は、自分よりも次元の高い人には、心を合わせられない!
気づき、あわてて自分の心の波長を高くしようと試みた。
ーー私が合わせられるのは、自分より低い波長の人だけなのかも知れない。
美紀は不安になった。

しばらく呆然としていると、目の前の交通事故の光景が心の中のスクリーンに映し出された。
美紀は驚いて通りを見渡す。
ーーそうだ、あの女の人だ。
ーー車が…………そう、あの車が女の人をはねるはず。止めなくては。
美紀は駆け出した。
女の人が通りへ出ようとする間一髪のところで、美紀は女の人の腕をつかみ、引き止める事ができた。体すれすれのところを、ダンプが通り過ぎていく。
 女の人は一瞬悲鳴を上げたが、美紀のおかげで無事だった。
「あ、ありがとう。あなたが止めてくれなければ今頃、と考えるとぞっとするわ。本当にありがとう。命の恩人ね」
 美紀は複雑な心境になった。予知したおかげで女の人は助かった。
 恵は予知の通りに死んでいった。どうして恵の死は、止めることができなかったのか。

分からない。
ーー私は事故を予知した。私が防いだために、予知は実現しなかった。では私が予知したあの事故は、何だったのだろう。ありえない未来を予知したのだろうか?そんなことはない。今まで予知したことは全部実現した。だったらあの女の人は?
 事故に遭うはずだった人の運命を美紀が変えた。それでは事故に遭った後の未来は、どこへ消えたの?それともいつかはあの女の人はまた………?
 その先は、考えるのがあまりにも怖い事だ。そんな未来は覗く事はできない。美紀が自分自身の将来のことを、怖ろしくて覗けないように。もし、自分の未来を覗いてしまったら、自分がどうなるか分からない。これから何が起きるのか、誰とどこでめぐり合い、どんな仕事につくのか、そしていつ死ぬのか。全部覗いてしまったら、あとは何のために生きるの?
ーー誰か教えて。
ーー私、心も体もおかしくなってしまった。世界中の音が聞こえてくるみたいなの。世界中の人の想念が飛び込んでくるの。誰か助けて。
私を解ってくれる誰か、お願い。助けて。

 超能力は人に助けを求めてはならないのだろうか。それとも自分で答えが見つけられるものなのだろうか。できることなら普通の女の子になりたい。

その日の朝、目覚めると美紀は何故かこれまでにない不思議な感覚に包まれた。
ーー今日は何かと出会う。
そんな予感の中、公園で同じ年頃の少年と初めて出会った時、美紀は驚いた。
彼は公園のベンチに座りESPカードの練習をしている。
(私のように透視能力があるのを悩んでいる人間もいるのに、苦労して能力を訓練したい人もいるんだ……)
ちょっといたずらに彼の想念を読みとろうとした。
ーーウソ?
 読めない。というより波長を合わせられないのだ。彼の頭の中は難しい物理学用語や微分方程式でいっぱいである。
 そしてオーラも見えない。美紀にオーラが見えない人間は、自分より高い次元の人間だけである。

 ちょっと美紀と目を逢わせると、再び彼はESPカードをめくっていた。
 しばらくして美紀がまだ側に立っているのに気付くと彼は話しかけてきた。
『これESPカード。こうして☆□○+∬五枚のカードがある。これの裏に描かれているマークを当てるのさ』
 彼は美紀にそのカードを差し出した。
ーー私、これできる、って言ったら驚く?
 美紀は思い切って聞いた。
彼は美紀の手からカードを取ると、一枚を抜き出して、美紀の前に差し出した。
『これは?』
ーー星のマーク
『じゃあ、これは?』
ーーまる
何度やっても同じ事だった。
『どうして分かるのさ』
(自然に……)
と言葉に出しそうになった。
『まず深呼吸して、自分がカードと一体になった、と感じるまで待つ。心の中にカードを描いて、やがてぼんやりマークが見えてくる。それでカードを開けてみるんだ。やり方、間違ってるか?』
 美紀は首を横に振った。
ーー分からない。
『どうしてさ。君も練習したんだろう?』
ーー私………生まれた時から分かるの。
彼は対して驚きもせずつぶやいた。
『いいなぁ』

 二人は自己紹介しあった。
 彼の名は石村健一。少年の頃から超心理学に興味を持ち、心霊学・宗教哲学・占星学・物理学の本などを手当たり次第読んだという。
 超心理学を専攻したいが、日本の大学では超心理学科がないので、この前までヨーロッパの大学まででかけ聴講したという。
 それからこの前の夏休みにインドでヨガの修行をしてきたという話を美紀は興味を持って聞いた。健一が訪れたのはインドのカシミール。ヨギ(ヨガの修業をする人)の本を読んで、どうしても著者に逢いたくなり、少しずつアルバイトでためてこづかいで、夏休みを待ってその著者に会いに行った。
ーーじゃ超能力の事、分かる
『分かる事は分かるし、分からない事は分からない』
ーー聞きたい事がたくさんあるの。
『それは光栄だね。』
ーーありがとう。友達……と思ってもいい?
『もう友達だろ?』
健一は優しく笑った。


 その夜、美紀は嬉しくて眠れなかった。
 聞きたい事がたくさんある。何から話したら良いのだろう。
 彼なら何でも理解してくれそうな気がする。
 美紀は次の約束の日が待ち遠しかった。
ーーもしかしたら、私が求めたことに宇宙の力が応えてくれたのかも?
 数日後、健一は美紀とゆっくり話す時間を作ってくれた。

 翌日曜日、健一と逢う。
 教えてほしい事だらけだ。
 なぜ予知ができるのか。美紀がその能力を持って生まれた理由は?人の未来は決まっているのか。
 美紀はいろいろ話したあと、最も聞きたかった事を尋ねた。
ーー私、交通事故から助けた女の人、本当は死ぬ運命だったの?それとも予知すれば未来を変えられるの?
『歩こう』
 美紀の質問には答えず、健一は美紀の手を引いて歩く。
 自然に手をつなぐのは嬉しい。
 交差点に出た時。
『さあ、右に行くか、左に行くかそれともまっすぐ行くか、どうする?』
ーー分からない。あなたが決めてくれた方でいい。
『今はね。でも、これが進学とか就職とか、引っ越しとかだったらどうする?どっちに行くかで一生が決まってしまうんだ。
 そんな例を出さなくてもいいよね。右に進んだら、お金を拾うかも知れない。左に進んだら、事故に遭うかも知れない。まっすぐいったら、行き止まりかも知れない。
 でも、生きている間は、止まる事はできない。必ず、どれかの道を選んでいかなくちゃいけないんだ。とっても小さな事で、一生が決まる人もいる。道でばったり会った人と結婚したら、それで一生が決まる訳だろ。石に躓いて怪我をして、飛行機に遅れて、あとで聞いたらその飛行機は墜落した、ということもあるかも知れない。だから現代の物理学はパラレルワールドの理論でこう考える。
 右に進むのも、左に進んでいくのも、そのときの偶然。たった一つの道があるんじゃなくて、右に進んだ自分と、左に進んだ自分が両方存在する、って』
ーー私、難しくてよくわかんない。
『物理学では過去と未来の区別が、はっきりとはつかないらしいんだ。どうして時間は過去から未来に流れて、未来から過去に流れないのか、とか、宇宙ができる前は、時間もなかったとか』
ーー予知って一体何?私が人の不幸を予知して、避けられるなら避けてもらおうと思っているのに。
『分かっているのは、君が時間の壁を越えて、未来からのメッセージを読み取ることができる、っていう事だよ。物理学では、質量虚数、光より早く進むタキオン、というのがあって、未来から過去へ時間をさかのぼっているという理論があるのだけど』
ーーもう一つ。本当に怖くてできない事があるの。
『自分の未来を見る事?』
ーーどうして分かるの?
『だって、予知能力者が一番先に考えそうなのは、そんな事だろう思ってさ』
ーーどうしたらいい?
『大丈夫。自分のことは絶対予知できない事になっているんだ。例えば、一分後に向こうの道を歩く、とするだろう?それを予知してしまったら、そっち行くかい?違う道を選んでみるだろう。でも、良い事だったら、予知したとおりに行動するだろう?本人は予知する意味がないんだ。過去は覗けるけど。
 時間というのは心が作り上げたものだという理論もある。未来と過去の定義ははっきりしていないんだ。ただ、未来が見えるということは時間の壁を超えることだから過去も見えるっていうこと』
ーー過去は変わらないものね。
『年齢退行催眠というのがある。催眠術をかけて、「あなたは今五才」という暗示をかけると、そのまま五才の時の話し方をするようになり、五才の時の記憶がよみがえってくる。人間の顕在意識では忘れているかも知れないねど、過去に起こったすべての記憶は潜在意識にしまわれているんだ。
 もっと遡って、一才から零才、そして生まれる前に戻してしまう。すると、前世の記憶がよみがえるんだ。でも君だけは、そんなめんどうをする必要はない。時間の壁を通り抜ければ良いのだから。未来が見えるなら過去も見えるはずだよね?自分の過去世に遡ったことないのか?』

 考えもしなかった。
 今、どうして自分が現世で超能力を持って生まれてきたのか、過去世から来ていることも初めて教わった。それより、自分の過去が知りたい。
 今日帰ったらやってみよう、と美紀は思った。

帰宅後。
 自分がどんな過去を背負っていたとしても覚悟はできている。
 そっと自分の過去にさかのぼってみた。
 過去世が見える。ヨーロッパのどこかの都市の、修道院に自分がいた。顔や姿は今と異なるが、それが過去の自分だと自然に分かる。生まれてから死ぬまでをまるでビデオテープのように見ることができた。一生神に仕えて独身のまま死んでいった。
ーーあまり幸福な生き方じゃないなあ。
 苦笑いしながらフーッとため息をついて、もう一度時間をさかのぼる。
(今度は修道女のそのまた前世を知りたい。)

 美紀は魔女狩りに遭っていた。自分は「魔女」でないのにいわれのない疑いをかけられて捕らえられ火あぶりにされた。どんなに叫んでも無駄だった。美紀は柱にくくりつけられ、火を点けられた。
 体中に熱さ故の激痛が走る。髪の毛が燃える。皮膚が融ける。そして苦しみが限界まで達したとき、美紀の魂は燃える自分を見下ろす所にいた。

 過去世と過去世の間に中間世というものがあるのを初めて知った。どこからか声が聞こえる。
『お前のこの一生は終わった。』
苦しみからは逃れられた。だが、まだ、修行が終わった訳ではない。
『次にどんな人生を歩むか、選択するのはお前だ』
だから次の人生で美紀は一生修道女として生きていく人生を選択したのだ、ということを悟った。

 ある時、美紀は巫女だった。目の見えない美紀は俗世を見ることができなかった代わりに天の声を聞くことができた。

(こんな人生ばかりなのかなぁ)
美紀はもっと多くの過去世を知らなくてはならないと思った。

 ある時、美紀はアメリカ新大陸に運ばれる奴隷船の中で死亡した。西アフリカの部族の中で自然を相手に平和に日々の生活を送っていたダックという黒人女性は、アングロサクソンに突然銃を突きつけられ、海岸まで連行され、奴隷船の中で伝染病にかかり、高熱を発して、苦しみの中、アフリカの家族を思いながら死んでいった。

(この人の人生は何だったの??)

 その答えは別の過去世にあった。
 美紀は黒人を奴隷として使用する白人男性で、自分の綿花農園の片隅に奴隷のための狭い住まいである小屋を作って使用する黒人奴隷を売買し、虫けらのように扱っていた。体調の悪い奴隷を休ませもせず、雨が降ると綿花が売れなくなるとムチで打って死の直前まで働かせていたのである。
ーーこれってひどーい。どうしてこんな残酷なことができたの?
 しかし、ひどいことをしたのは過去世の美紀自身なのであった。
 同じ人間を家畜以下に見下げていたなんて、どんなことをしても償いきれない。
 美紀は自分自身が許せなかった。
 そして自分の過去世はもう見たくなかった。

 次の日、健一は言った。
『それをカルマというんだよ。自分で原因を作ったら現世になるか来世になるかは分からないけど、必ず結果が自分に戻って来る。直接的な形でなくても、自分の罪は自分で償わなければならないんだ。』
ーーだったら生まれ変わりというのはずっと続いてそこから抜け出すことはできないじゃない。
『その輪廻転生から抜けだそうとしたのがゴータマ・ブッダだよ。四苦八苦という言葉の四苦というのは生老病死のこと。その「生」というのはまさに自分がどんなになって生まれ変わるか分からないということだったんだ。でも、これは良い仕組みだよ。良いことを行えば、後で必ず報われるんだから』
ーー私が超能力を持ったのも前世の影響?
『そうだと思うよ』
ーー普通の子に生まれてくればよかったのに。
『病気や大怪我したことあるか?金に困ったことあるか?君はそういう段階は卒業しているはずだよ。』

 その夜、美紀は別の前世を見た。
 中国の奥地の寺の修行僧だった。寺にあるすべての経典を読み、一切の欲を絶ち、宇宙の真理をつかもうと即身成仏になろうとしていた。カルマの呪縛から逃れるべく、クンダリーニを上昇させ、すべてのチャクラを開こうと、死ぬまで修行を続けていたのである。だが死の瞬間に、俗世を捨てたのでは本当の修行にならない、と次世では俗世に生きる道を選ぶべく今の人生を選んだのだった。

ーーやっぱり自分から修行のために選んだ人生なのね。だからESPが使えることで苦しむんだ……

 数日後、健一は言った。
『ESP能力があることが苦しい?俺は羨ましいぜ。ESP練習しなくてもできるっていうことは前世でそれだけの修行をつんだってことだろ?人助けにも使える』
ーーでも友達の命は救うことができなかったの。それとも友達が死ぬカルマを背負っていたっていうこと?
『それは分からないけど、生と生の間の中間世もちょっと見たって言ってたよね。だったらその友達に聞いてみるのもできると思うんだけど』

 美紀は中間世に行ってみた。そして叫んだ。
ーー恵、もしここにいたら出てきて教えて!
姿は見えないが、恵のアストラル体が目の前に来ている雰囲気は伝わってくる。
ーー恵なの?
「そう」
恵の想念が伝わってくる。
ーー来てくれてありがとう。お久しぶり。
「こっちの世界では時間の概念がないから、久しぶりという言葉はないんだけど」
ーー時間がないってどういうこと?
「過去も未来も現在もなくてすべてが『今』なのよ。こっちの世界に来た時に、故郷に戻ってきたって感じたの」
ーー分からないよ……
「そうだよね。でも逢いに来てくれてありがとう。私のパパやママにこっちの世界で元気でいるって伝えて。」
ーーでも信じてくれないよ。
「じゃ、私とパパだけ、私とママだけの秘密があるの。これを伝えたら、恵は元気でこっちの世界にいるって信じてくれるわ。私とパパはママに内緒でハイキングに行ったことがあるの。ママにはパパに内緒の私とママだけの宝物の番号が五五一〇だって伝えてみて」
美紀には訳が分からなかった。
ーーそう伝えてみる。でも、教えて欲しいことがあるの。
「分かってる。私はあの人生を卒業したのよ。一度、温かな両親の愛情の中で子ども時代を経験してみる必要があったの。」
ーー私これからどうすれば!?
「一つ一つの人生が学びの場で、何を学ぶかは自分で選んで生まれているはずなの。物質的肉体を持たなければ学べない何かよ。だから本人にしか分からない。でもそれを探すのよ。それを学び終わるまで何度でもやり直さなければならなくなるから。頑張ってね」
 そう言うと恵は消えた。

 三日後、美紀は恵の両親に逢いに行った。
ハイキングの話と暗唱番号の話をすると両親は涙ながらに言った。
「美紀ちゃん、あっちの世界で恵は生き続けているということが分かった。ありがとう」
美紀は健一の過去世も覗いてみた。

 封建時代の日本の農村。何故か健一の前世に美紀が登場している。
 美紀は庄屋の娘だった。美紀には好きな男がいた。平吉だ。
しかし平吉は美紀と身分の違う小作のせがれ。
そして美紀にはそれが健一の過去世だと分かってしまう。顔は異なるが分かるのだ。
封建時代に、地主と小作では、到底結婚できない仕組みになっていた。
 慕いあう二人は、ひそかに逢引を重ねたのだが、ついに美紀は、他の男と、親同士が勝手に決めた結婚をしなければならなくなってしまった。
 平吉は、最後に美紀と逢った時に言った。
「お嬢さと一緒になれねえくれえなら、死んだ方がええ。おら、世直しにいく。だから、地主のお嬢さとおらとはもう、敵同士ちゅうことだ。けど同じような悔しい思い、おらたちだけでねえ。惚れあったもんが、いっしょになれねえなんて、お上の政、どっかおかしいんでねえか。だからおら、一揆にでてやるだ。そんで死んでやるだ。
 だども、お嬢さ。もし、生まれ変わったら、そんでそん時、もし逢えたら、おらと一緒になってくれるだか?」
 二人は、いつまでも手を握りあっていた。
そして、まもなく平吉は一揆の最前線で、闘いぬいて死んでいった。
 親が決めた相手と夫婦(めおと)になるのを拒んだ美紀は、平吉のあとを追うように首をつった。

 美紀は、大きなため息をついてしまった。
ーー私、幸せじゃなかったんだなあ。それにしても、この人と、何という約束をしてしまったんだろう。まいったなあ。私も大胆だなあ。でも、まさか………彼、覚えてるはずないよね。

 健一が今、何を考えているのか美紀は知りたくなった。
 美紀は健一の想念に波長を合わせてみた。
ーーやはり合わない!
 顔を上げて、思わず叫んでしまった。
ーーどうして私、他の人の心は見えるのに、あなたの心は見えないんだろ?
『さあな。俺がカードを当てられないのと同じじゃないかい?』
 健一は笑ってそれ以上は答えなかった。
『俺、きっと自分の事だけで精一杯だから、想念が広がらないんじゃないか。
 これからESPの訓練としてピアノの練習なんだ。君も一緒にどう?』
ーーピアノ?ESPの訓練にピアノ弾くの?
『自分を観察するために、色々やるんだ。自分を外の目から見る練習。ピアノみたいなものってどうしても、必死にやらざるをえないだろう?精神がそれだけに集中してしまう。だからこそ、そんな必死な自分を観察する、いい訓練になるんだ』

美紀は、健一のピアノの前に座った。曲はバッハのインベンション。
ピアノは子どもの頃、少しだけ弾いたことがあるだけなのでできるはずがない。
ーーどうしてこの曲なの?
『バッハの曲は右手と左手がバラバラだから気が抜けない。だから自分を観察する訓練には、一番良いらしい。練習しながら、その練習している自分を観察できる?』
ーーできない
『だから訓練になるんだよ。自分の肉体と頭脳はピアノに集中している。けれど、本当の自分は肉体でなくて、それぞれの次元に同時に別に存在している。それを認識できるようにするんだ。そうすると本当の自分が見えてくる』
ーー本当の私?
『本当の君は、水素や炭素の物質で構成されている肉体なのか?テレパシーの力は肉体から来ているのか?肉体が脳の化学作用で喜んだり悲しんだりするのか?エーテル体とかアストラル体とか言葉があるけど、本当の人間は魂の部分なんだよ。君は本当の自分を見つけるために生まれてきたんじゃないの?』
美紀は突然思い出した。
ーーこの話は前世なんかではない、もっとずっと遠い過去世で同じように彼の魂から聞いたことがあるような気がする。


 美紀はずっと過去世に遡ってみようと思った。
 一万三千年前のアトランティス。
ーーえ!?アトランティスって本当にあったの?ウェーゲナーの大陸移動説はウソだったの?
 そこは現代科学も遥かに凌ぐような文明社会であった。車は空を飛び、怪我はある周波数のビームを当てることにより治った。王宮はクリスタルの門。エネルギーが宇宙から取り入れられ、水晶から発振される。アトランティスは科学が全てを支配する。地球上で発見されるオーパーツはこの時に製作されたものだ。
 そして住民は科学万能主義に陥った人間と自然回帰派に分かれた。自然回帰派はこのまま物質的快楽を求め、環境を破壊し、貧困・差別・支配が蔓延したままでは、アトランティスはレムリアのように亡びる、と警鐘を鳴らした。だが、科学派は耳を貸さずに自然破壊が続いていた。
 一部の覚醒した者がガイアの悲痛の叫びを感じ、アトランティスから避難する準備をした。
 美紀の過去世の前には突然、健一の過去世が現れた。
 彼は美紀の哲学教師だった。
 『人間の本質は光そのもの。そして宇宙も光。ガイアは我々がアセンションをするための場なんだ。そのガイアを傷つけたら必ず報復がある』
 アトランティス末期には既に異常気象・大地震・津波・火山噴火などが起こり初めていた。
 『これはガイアの自浄作用なので避けられない。人間が自然の自浄能力を超えるようになるまでガイアを痛めつけたためにガイヤはアトランティスを一掃しようとしているんだ。 もう、アトランティスは我々の力ではどうにもならないところまで来てしまった。科学派はそれさえも気付かない。私と一緒に新しい大陸に移住しないか?』
 美紀は彼に従い、マヤの地で終生に渡り彼と生活を共にした。
 そして、アトランティスはまもなく本当の価値を忘れた人間と共に海底に沈んだ。

 今、隣には健一が座っている。そして今の彼と過去世の彼が重なって見える。
 健一と逢ってから、自分の超能力に対する疑問も解け始め、以前のような不安感を持つ事も、なくなってきた。こんな感情は、いつか誰かの心を覗いた時に、あった。
ーー恋?
 思い出した。
 相手の心が読めないから恋をするのだった。
 想念は読めないが、今、そっと優しく美紀を見守ってくれる彼がいる。
ーーありがとう。
 そっと想念を送ってみた。
 健一にその想念が伝わったかどうか、照れくさそうにわざと話し戻した。
『アトランティスの末裔がマヤ・インカ・アステカ・エジプト文明を作った。そして、当時のアトランティスの状況は現在の自然破壊の進む今の地球とあまり変わらない。一三〇〇〇前と全く同じようなことが現在起ころうとしているのかも知れない。色々な本にそういった預言が書かれている。
 太陽系は銀河を二六〇〇〇年周期で一周している。半分は昼の時代で半分は夜の時代。アトランティスが沈んだのはちょうど夜の時代への移行期だったんだ。そして一三〇〇〇後の今、太陽系は水瓶座の時代に移行し夜明けを迎えている』
ーーまた、アトランティスみたいに海に沈むの?
『それは僕の方が知りたいよ。一度起こったことは、次に同じ状況が起こった時に、同じ結果を生じる、というシンクロニシティ理論がある。そういう場のエネルギーが宇宙に記憶されているから、また同じことが起こる可能性は十分にある。
 でもそうなるかどうかは、君なら見えると思うんだけど』
ーー怖くてできないよ
『マヤ歴では二〇一二年の冬至の日にこの時間が終わることになっている。他の預言も大体、そのあたりになっている。でも時間が終わるということは、地球が滅亡することを意味するわけではなさそうなんだ。
 これから地球は四次元に上昇する。そうすると時間の概念が変わる。時間は過去から未来に流れるものでなくなるのかも。そのための光のエネルギーであるフォトンベルトに地球は一九九八年から入っている。だから今回の地球の場合は決して怖いことじゃないはずだよ。大丈夫だよ!』

 そうは言われても未来を覗くのは怖いことだ。それよりもアトランティスの前の過去世を見ていない。
 そんな数万年前まで遡ったことはない。
 もっと前は人間でなく、猿だったのかも知れないが、そこまでたどれるだろうか?

『宇宙のアカシックレコードの中には宇宙ができてから、これから西暦六七三五年までの出来事が全部記録されているんだ。「アガスティアの葉」って知っている?アガスティアというアカシックレコードを読む能力がある人が、いつか必ず一生を聞きに来る人を予知してそういう人の一人一人の一生を葉に書き綴った。行って調べた人は誰でも驚くほど当たっているという。
 確かなのは君にはそれに近い能力があるっていうことだ。時間を超えられるんだから、ずっと前とか少しだけの過去とか関係ないんじゃないかな?』

 その夜、美紀はこれまでより難しかったが、アトランティスの前まで遡った。
 幸い、人間のままで両足歩行したばかりの猿ではなかった。

 まず驚いたのは空の色である。現在の地球のように青くない。そして、太陽がとても小さく見える。どうやら地球ではないようだ。
ーーここはどこの星?地球以外にも過去世があったの?地球に比べると太陽が小さいんだから、地球よりも太陽から遠い惑星だよね? 火星だとすると、1日の長さが地球と同じくらいのはずだけど、もっと短いし、衛星も二つじゃない。木星だとすると衛星が一六個くらいあるはずだけど、そんなにない。土星なら空に輪が見えるはずだし……
 ひょっとしてここは太陽系でないのかも? 美紀の耳にはマルデックという言葉が響いた。
 文明は高度に発達している。マルデック星の美紀の過去世の知識を拾ってみた。太陽系は間違いない。そしてここは太陽系第五惑星である。でも木星は軌道の外側にある。
 この星でも人間は数万年にわたり発達を繰り返していた。やがて文明化した社会で、人々は利己主義に陥り、権力を掌握して星全体を支配しようとした。そしてついに星全体を破壊するほどの兵器を開発し、核戦争が勃発した。マルデックは粉々になって宇宙空間の塵芥と化した。これが、現在、火星と木星の間にある小惑星群である。
 二万六千年前のマルデック。

ーーそんな星が本当にあったの?
美紀は健一に聞いた。
『一七七二年にボーデが発表した太陽系惑星配列の法則によれば、〇、三、六、一二、二四……という数列に四を足して、四、七、一〇、一六、二八、五二……の順に太陽系の惑星が並んでいるというんだ。その法則からすると、火星と木星の間に惑星があるはずだ、ということで天文学者が探してみた。それが小惑星群だったんだ。ある説では昔にあった惑星のかけらだという」
ーー私、その惑星に昔住んでいたかも知れない。
 健一は驚きもせず応えた。
『地球人の祖先はマルデックとか火星人とか金星人とかあるらしい。色々な星で生まれ変わるんだ』
ーーそうしてまた環境を破壊したり、戦争をしたりを繰り返すの?ずっとそうなの?それがずっと続いていくの?だったら何のために生まれ変わるの?
ーー過去の反省を活かして同じ間違いをしないように成長するために生まれ変わるはずなんだけど、人間はまた同じ間違いを侵す。きっと間違いをしなくなるまで次には進めないのかも知れない。
ーーそれって、ひどい。戦争をしたい人が殺し合うのは勝手だけど、平和を望んでいる人まで犠牲になるのは納得いかない。
 自然を大切にしている人まで環境破壊の犠牲になったり、自然災害に遭ったりするのは悲しい、悲しすぎるよ。悪い人はともかく、良い人が不幸になるのはどう考えてもおかしいよ。そこから抜け出す方法はないの?

健一は美紀をじっとみて、何やらしばらく考えていた。
『そうならないために、僕にESP能力がつくのを手伝ってくれないか?』
ーー私が手伝う?
『透視ができるっていうことは、カードの分子と心がひとつにつながってカードの心が読めっていうころだろ?僕が一所懸命練習してまだ半分くらいしか当たらないのに、君はどうして分かるのかっていう事なんだ。僕の練習方法が悪いんじゃないかと思うんだ。その壁か超えられれば念力もテレパシー能力も発達して、不幸を最小限にくい止めることができると思うんだ』



 第四章 訓練
 
 『普通の超能力開発の方法の本はたくさん読んだ。理論は知っている。でも僕にあまり能力がないのは何かが足りないからのはずなんだ。何が足りないか、僕のソウルマスターに聞いて欲しい』
ーーソウルマスター?
『過去世から次の過去世の間の中間世で声を聞いたことがあるだろ?エドガー・ケーシーはその声を聞くことができて、全く医学の知識がないのに専門家でも手に負えない難病の治療法を伝えた、というんだ。マスターは全部知っている』
ーー分かった、やってみる。
 美紀は心の中で健一のソウルマスターを呼び出してみた。
 姿は見えないが、マスター意識がすぐ側に来ているのが分かる。マスターと守護霊はどう違うのかは分からない。
 美紀はマスターの声を聞こえるまま健一に伝えた

「まず、自分を見つめる事だ。自分をありのままに見る事が第一歩となる。」
ーーこんなんで良いの?私はただ、聞こえるままに話しているだけなのに。
『君はそのまま伝えてくれるだけで良いんだよ』
ーーじゃ、そのまま伝えるね。「宇宙は光であり、光の本質は無条件の愛である。」

一日目
 修行中は断食をする。
 とにかく腹が減る。
 二食抜くのは慣れているが、三食全部抜きとなるとつらくなってくる。
 美紀を通じてマスターからのメッセージが届く。
「水はいくら飲んでも構わないが、よく噛んで飲む事だ」
 噛む?水を?それでもマスター言われたとおり、空腹を満たすために水で腹を満たそうたした。
 マスターからのメッセージは続く。
「空腹はセルフが物質界中心になっているために起こる。肉体を忘れよ」
「肉体の中に霊が宿るのでなく、霊に肉体が宿るのである」

二日目
 断食の最もつらいのは二日目である。
「体の中には様々な毒素が蓄積している。
 それらを体から出し切るために断食をする。それによって、毒素はエネルギーとして消化され、血液が浄化されるのだ。」
 健一は言葉では分かったつもりだが、実際に背中と腹の皮がくっつくような思いがして、とても「肉体を忘れる」どころではない。
「個は全体であり、全体は個である。すべてのものに分離はない」
「時間は幻想であり、空間には広がりがない」

三日目
 心もち体が軽くなったようだ。昨日ほど空腹のつらさはない。
「万物は一より生じ、一に帰す」
「有は無であり、無は有である」

四日目
 本を読んで驚く。まるで写真でも撮ったかのように本の内容が頭に焼きつくのだ。
体はだるく、力が入らない。
「そのだるさは、空腹のせいではない。
今までの体の中の毒素が一度に出てしまおうという事なのだ。
 今までの生活で不自然であった事が、自然のままに近づこうとしているのだ」
「人間は精神作用だけで死ぬ事がある。死ぬと思っているものはいくら栄養をとっても死ぬ。しかし、人間の本来の体は一月くらい何も食べなくとも死ぬ事はない」

五日目
 健一の体から黒い汗が出る。
「そろそろ体が、最後の浄化をしているところだ。
汗が体の中の不純物を一緒に出してくれるのだ」
 健一は今までになかった感覚を味わった。
 血液が体の中を流れて行く様子が分かる。
「これで第一のチャクラが開かれた」

六日目
 じっと目を閉じているにもかかわらず、鳥が彼方を飛んでいる様子が見える。
 まさか!と思って目を開いてみた。
 本当に飛んでいる。
『鳥が心の中で見えた!』
「当たり前だ。今まで、君は肉眼しか目がないと思い込んできた。しかし、断食によって、浄化されれば肉体の他に幽体もよく働く。
ゴータマは第三の眼を持っていた。それは肉眼の事ではない。心の眼のことだ。」
『これで、僕の第二のチャクラは開いたんだ』
「ああ。しかし、それは一時的なものだ。一時的になら、誰でも断食して心の眼が見えるようになる。だが、断食をやめるとすぐに戻ってしまう。なぜなら日常生活のエネルギーを、また吸収し始めるからだ。
 また元に戻ってしまわないために、お前は次の段階に進まねばならない。今までの生活をしていた自分が本当の自分ではない、という事を認識している間に」

七日日
 ある滝へ出かけ、その滝に打たれるように言われた。
 夏とはいえ、冷たい。
「水にはプラーナというエネルギーが含まれている。仏教で修行僧がよく滝に打たれるのもこのプラーナを吸収するためなのだ」
 美紀は心配になった
ーー風邪をひいちゃうかも
「プールに入った後を思い出せ。上がった時、体の中がとても暖まるような感じがするだろう。あれはプラーナを吸収したためなのだ。自然の中にはプラーナが多く含まれている。森林浴するのもそのためなのだ。これも自然のエネルギーと一体になる訓練なのだ」

 しばらくすると冷たさは前にもまして膚に襲いかかる。もう、何時間になるだろうか。
「冷たい、と感じるのはそこに冷たさを感じる自分があるためなんだ。
水と自分はどちらも自然の一部だ。自分が無になれば、水との間に区別はない。我慢をするのではない。ただ自分を水の流れに任せるのだ」
冷たさに全身の感覚がなくなっていく。
『もう、どうにでもなれ。』
意識が遠ざかる。すると意識の代わりに何かが現れる。自分の体の分子と水の分子がつながっているようである。一瞬だがそう感じた。
「これで第三のチャクラが開かれた。お前のテレパシーは開放された」
 美紀はマスターのその言葉を伝えながらその瞬間、心の中で喜びの声をかけた。
(おめでとう!)
 健一から「ありがとう」と返事がきた。
 それから初めて、美紀にも健一の想念が読めるようになった。
(もう私、必要ないね?)
 美紀は半分寂しい気になったが、マスターからダイレクトに美紀にテレパシーがある。
「確かに私の言葉を伝える必要はもうない。だが、彼にはお前が必要だ」

八日目
 燃えるロウソクの炎をじっと見つめる。
「それは物質が固体から気体と変わることを理解することだ。」
 自分が炎と一体となった感覚を持てると体中が熱くなる。
「第四のチャクラが開かれた。これで聴覚が開かれ、離れた場所の音や声が聞こえる」
『聴覚?』
 それは美紀も初めて聞く能力だった。
 美紀は前から気になっていた自分の能力も、すっかり忘れていた。透視ともテレパシーとも違う。動物の鳴き声の意味が分かるのだ。
ーーいつも耳にゴーッという音がしみついていたんだけど、あの音は?
『美紀ちゃんは遠くの音も聞こえるんだろう?』
ーーうん
『その音って、何か大きいものが回っているみたいな?』
 マスターの声が頭の中で響く。
「地球が回る音である。」
『僕もその音が聞こえるようになったよ』

九日目
「今日は変化のない植物と一体化する」
 大きな木の幹の息づかいを聞く。
 植物から出るエネルギーを感じることができる。
「これで第五のチャクラが開かれた。遠隔地のものが目の前にあるように見える」
 美紀もそんなに遠くまで見ようと思ったことはなかった。
ーー地球の裏側まで見える?
『大丈夫、その場所を思い描くと想念はいつでもそこへ行けるようだよ』
マスターの声も響く。
「想念に距離はない」

十日目
「今日は最終日である。今のお前の修行ではクンダリーニを上昇させるには到らない。一人の力で次元上昇するには数世代の修行を必要とする。このまま修行を終え、数日後には他の能力は消える。これが現世の壁である。 しかしお前が生まれて来た本来の目的は美紀と共に地球のアセンションを促すことなのだ。そのために美紀の能力を最高に活かした時の状態を示す。」

 健一の想念に突然おびただしい数の波動が流れてきた。植物の波動、動物の波動、人間の波動、地球の波動、そして地球のものとは思えないどこかの星の波動。
 それらは実はずっと流れ込んで来ているのだ、ということを悟った。その中からテレビやラジオの一つの放送局にチャンネルを合わせるように特定の想念を読みとることができるのだ。
「テレパシー能力を活用すれば、地球人のみでなく、プレアデス星やオリオンの想念の波長を読みとることができる。これらは地球と同じ三次元の肉体を持っているとは限らない。エーテル体で存在している星もあるし、もっと次元上昇した星もある。中には地球を支配しようとする星もあれば、宇宙の目的に沿って友好的な手助けをする星もある。それらを区別できるのは美紀なのだ」

 次に、健一はどこか外国のストリートに立っていた。その次にはどこかの宇宙空間に浮かんでおり、見たことのない建物や植物で成り立っているどこかの景色を見た。空はエメラルドグリーンで二つの太陽が輝き、酸素の量まで地球の二一パーセントとは異なっている。
『これは絶対に地球ではない。』
そう思うとマスターの声が響く。
「美紀は自分の更なる能力に気づいていない。美紀のリモートビューイング能力は地球以外にも及ぶことができる。空間を超越して進化した惑星を見ることもできるし、時間を超越して過去も未来も見ることができる。本当の意味での時間とは座標のことであり、過去も未来も現在に存在している。」


「物質と波長を合わせることはできるが、物質そのものを変えることはできない。人を変えるには自分が変わらねばならない。他人と自分は一体のものであるから、善悪という考え方にはまだ分離がある。美紀の第九のチャクラが開き、銀河の中心とつながった時、その壁を乗り越えることができる。」

 そして、宇宙の始まりからおびただしい数の銀河が生じ、無数の銀河の中に無数の太陽系が誕生し、一二個の太陽系が一組になり、それぞれ一二個の惑星を構成し、その中の一つである、地球に魂が送られてきたことから、戦争と平和、服従と解放、喜びと悲しみの歴史を経験し支配とずっとつながる歴史を人類が経験し、地球が最後のアセンションをする時期を選んで美紀と健一の魂が転生してきたことを知ったのである。

 その瞬間、十日間続いたマスターの声は消えた。
 十日前と同じ場所に座り、隣には十日前と全く同じように美紀がいる
ーーどうしたの?「宇宙は光であり、光の本質は無条件の愛である。」って言っただけなのに??
『今日は何月何日?』
 美紀は突然の質問に驚きながら今日の日付を答えた
 健一は、十日前に戻ってきたのである。いや、戻ってきたのでなく、元々一瞬で十日分の夢を見たのだろうか?
 時間を超越するというのはこういうことなのか?
『夢だった?リアル過ぎるけど』
夢が現実か、美紀に変化があった。
ーー今、この瞬間にあなたの想念が読めるようになったみたい。だから一瞬にして長い夢を見ていたような気がするんでしょ?
 健一は十日間を振り返り、美紀も健一が体験した十日間を読みとっていた。
ーーさっきのように考えてはいけないのかもね。平和や自然を愛する人が犠牲になるのはおかしい、ってそういう人だけを助けたいと思うのは、分離の考え方なのよね。全てが一体なら、そういう人だけもし助かっても、戦争をしたい人も助からなければ本当に宇宙が助かったことにならないみたい。でもそういう考え方まですぐに変えることはできないけど。聖書に書いてある汝の敵を愛せ、ってそういう意味?」

 健一はピラミッドの写真を美紀に見せた。
『この中のまだ発見されていない部屋にピラミッドを作ったアトランティスの末裔が残した記録が封印されているという説がある。宇宙の根元とか地球の四次元シフトの預言があるかも知れない。それが二十一世紀の初めに明かされるらしい。解き明かすのは君かも知れない。君に見えないか?』
 美紀はじっと読みとろうとした。
ーー見えるけど、象形文字みたいで読めないよ
『だったら、過去に遡ってその文字を書いた人の姿が見えないか?そうすればその想念を読みとることができると思うんだけど』
二つの三角形が重なり、六角形をなしている図形が読みとれる。
ーーアトランティスの次元変換クリスタルエネルギージャネレータが大西洋に沈んだが、そのエネルギーは海底からも影響を与え続ける。
『それはきっとバミューダトライアングルのことだ。他には?』
ーー地球はシフトする。
『シフトと言っても四次元に次元上昇する場合もあれば、ポールシフトと言って、極地の移動がある場合もある。ポールシフトは過去に地球に四回あった。もし起こったら全地球規模でとてつもない地殻変動で大地震や大津波が起こってしまう。氷河期も来る。他に何か書いていないのか?』
ーー地球が助かるためにはシフトしかない。
『それって、人類が助かるということなら、アセンションが起こるということだけど、地球そのものが助かるという意味なら、地球を破壊し続けている人類をポールシフトによって滅ぼすっていう意味も含まれる。問題はそれがいつ起こるかだ』
ーー救世主の出現後、二千年を経過した後。
『救世主というのはたぶん、イエス・キリストのことだな。』
ーーそこまでしか読めない。
『うーむ、それは封印されるよね。もし、良い方のシフトなら、人間は平気で自然を破壊するし、悪い意味なら知らせない方がいいし』
ーー私、怖いよ
『怖いことはない。もし地球上で生き延びられなくなってても人間はまたどこかの星で転生するんだ』
ーーでも地球が亡びるならその時、みんな苦しみながら肉体を去ることになるんでしょ?その前にアセンションすれば避けられるなら避けたい。
『地球以外に想念を合わせられないか?何か助かる方法があるかも知れない』

 美紀はそんなことは経験がないしできるのかどうかも分からない。しかし、もし差し迫っているとすれば一日でも早く解決法を見つけなければならないのだ。



第五章 宇宙

 その夜、美紀はずっと遠くに自分の意識を合わせた。
 地球に想念をずっと送り続けている星がある。その一つプレアデス星団。
「我々は、我々の子孫であり宇宙の同胞である地球人をずっと見守っています。地球のシフトは二十一世紀の初頭に起こると言われていますが、それは地球人の意識の持ち方にかかっており、正確な時期は誰も予想できません。
 一人一人のアセンションは今の地球か、あるいは転生して地球以外で起こるか分かりませんが、必ず起こります。数千年から数万円かけてアセンションを繰り返し、次元を一つ一つ上っていくことが人類を創造した宇宙への義務なのです。激烈な大変動が生じた瞬間のために、地球の上空に一四四〇〇〇人分は救出できるスターシップも待機させています。しかし、我々は手助けするだけで、アセンションを起こすのは一人一人の魂しかないのです。」

 美紀は思った。
ーーアセンションを繰り返して、いつか必ず高次元に上昇するなら、それを見てくれば良い。アセンションのプロセスを知ることができるはずだ。

 美紀は四次元にシフトした後の地球の未来に向かった。
 そこでは肉体を持ちながら霊体として進化した存在となった人間を見た。
 霊的存在となれば物質である肉体は単なる霊の住処であり、エネルギーは食物から得るのでなく、霊的パワーから得る。四次元での成長が進むにつれ、テレパシーやテレキネシスが使えるようになり病気も貧困もない、暴力や権力の支配から全く自由となった天国のようなところである。
 宇宙創造の法則を理解し、自分が宇宙の一部であることを認識し、欲望にとらわれることなく、霊的成長を目指して生きることが喜びとなっている。そこで生きる者は、次に五次元にアセンションし、より高次元に移行することを目的に成長している。

 四次元にアセンションしてから数千年後、人類は五次元に移行する。
 霊としての人間に、もはや肉体は必要なく、エーテル体があれば足り、寿命は数千年となっている。カルマから完全に解脱した五次元の人間は既に宇宙の法則を完全に理解し、時間の概念を超え、自在にタイムトラベルすることができる。
 現在、地球以外の太陽系には住民がいるが、三次元の地球人には見えない。既に他の星は五次元に移行を完了し、残る地球がアセンションし、太陽系全体が次の段階にシフトする日を待ちわびている。それは個としての存在から集合としての存在を認識しているためであり、地球との分離観はない。

 美紀はその時、マスターからの声を聞いた。
「意識で時間を移動するお前には、時間の概念という限界がある。その限界がある限り、その先を見ることはできないし、私は説明を伝えることしかできない。
 六次元は霊体のみで存在するため、住処とする惑星は必要としない。一つの生での寿命は数十億年である。宇宙進化の法則を完全に理解し、想念エネルギーは低次の霊を援助するために活用される。
 七次元は霊の成長の最後の次元であり、創造主に帰し宇宙エネルギーと一体となる。全て創造を行うものになり、創造とは想念エネルギーは波動となることである。創造主は単一エネルギーである想念によって更なる無数の宇宙を創造し、自己の存在そのものを賛美するのである。」
ーー無限に繰り返していくの?だったらまた苦しんだり悲しんだりすることもずっと続くの? 
 「想念がエネルギーであることはどの次元においても同じことである。現在の地球上でのあらゆる出来事も想念エネルギー結果であり、現在三次元のお前たちが存在すると思っている病・苦・死なども想念の結果なのだ。想念が肉体を形成し、未来を決定する。」
ーーだったらどうして戦争や暴力などの悪いことがわざわざ起こるの?
「お前たちの想念の力は実現するパワーそのものなので限界はない。良いこと・悪いことという区別さえ超えている。
 この真実をお前たちは隠された。地球人の想念エネルギーの力を悪意に利用しようとした者がいる。科学的には発達しているが、霊的には低次元のヘスペリデス星が、未発達時代の地球人に、あたかも催眠術をかけるように、善悪の区別を植え付けてしまった。本来、地球にはなかったはずの病気や苦しみは地球人の想念がつくり出したものだ。
 それに気付かない地球人に対し、別の天体リラ星人は地球人のDNAをコード化し、現在の地球人のDNAは二重螺旋構造にされてしまっている。地球人のDNAは本来は一二螺旋で構成されており、それが開かれなければアセンションが起こらないかどうかを観察するために、リラ星は地球人のDNAを実験材料とした。もし、DNA組み替えでアセンションが起こるなら霊的成長なしに次の次元にシフトすることができるのだから。
 しかし、このヘスペリデス星人とリラ星人は逆に地球を実験場にしたカルマを背負うことになった。現在の地球が、生活で苦しみに喘いでいる半数はそれらが地球に転生してきたのだ。三次元ではカルマの負債は必ず支払わねばならない。地球がシフトした時にも彼らは、次の星で残りのカルマを解消せねばならないことに気付くだろう。」
 
ーー私もカルマを背負って地球に転生してきたの?
「まだ思い出さないのか?お前はカルマのために転生してきたのではない。地球でアセンションを繰り返し、六次元まで霊的成長し、現在の地球のアセンションを援助するために時間の壁を超え、未来から時間を遡り、現在の地球に転生してきたのだ。」
ーーそれでは時間の順序がおかしい!
「過去や未来といった時間の概念は想念がつくり出したものだ。すべてのものは同時の存在する。そしてお前は私自身であり、私は未来のお前だ。」
ーー私は六次元では男性だったの?
「肉体を持たない霊に性別はない。霊と霊はそれぞれの記憶と知恵を高めるため、波動によって結びつき一体となる。」
ーーどうやって地球のアセンションを援助するの?
「それを知るためにお前はソウルメイトと一緒に転生した。彼が教えてくれるだろう」
マスターは消え、美紀は疲れ果て、深い眠りについた。

 翌日、美紀は急いで健一に逢いにいった。
ーー地球のアセンションを助けるなんて、できない。私は他の人を変えることはできないもの。私の頭の中で、時間と空間がおかしくなっているの。
『ユングの言う集合的無意識は一人一人の意識の集まりだから、君が自分の意識レベルを高めれば相対的に集合意識も高まることになる』
ーー意識を高めるなんてできそうもない
『たった一人の人間が国民全体の意識を変えた例は歴史上いくらでもあるだろう?
まだ、君には第九のチャクラが開かれていない。肉体の中には第七のチャクラまでしかない。第八のチャクラは身体の上にあり、第九のチャクラは銀河の中心とつながっている。その銀河のセントラル・サンのエネルギーを受け取ることができれば、地球人の意識をかなり変えることができる。』
ーーどうやって?
『これまでにないくらい過去に行ってみるんだ。宇宙ができた頃の。最初の宇宙エネルギーを知るにはそれしかない。』
ーーそんな、私、壊れてしまうかも・・・
『だったら止めるか?』
 止められない。もう知ってしまったのだから)
ーーずっと側についていて!
『もちろん、今までもこれからもずっと一緒だよ』
 健一は美紀の肩をずっと抱きかかえていてくれた。

 美紀は時を遡ろうとした。しかし、これまでのように過去世をイメージできない。イメージするのは地球や宇宙そのものでなければならないのだから。
 地球の創世期をイメージしてみた。
 地球ができ、他のいくつかの星から人間が転生し、あるいはスターシップに乗り移住してきた頃が見えた。その頃の地球は緑に覆われ、文明は発達していなかったが、人間は自然と共生していた。地球は楽園だった。
 次に銀河の中心に向かってみた。経験したことのないような明るさ、だが眩しくない光に吸い込まれるような感覚だ。地球ができる はるか昔の六二億年前、銀河系が形成され低次の生命から高次の生命まで成長していった。
 その銀河系ができるはるか前の四七〇億年前、他の銀河で最初の生命が創造された。そして現在の宇宙空間と時間が創造されたのは三一一億年前。想念が形を持って現れた。
 この現宇宙の最初の創造主は、前宇宙で七次元まで成長した霊体であり、さらにその霊体が宇宙で生じるところまで行き着くと、さらにその霊体が成長して来た過程を遡り、無数の霊体が無数の宇宙を創造した。

 美紀は問いかけた。
ーー創造主は神?
 違う。創造主はその中に自己の様々な想念エネルギーを発し、分離することによって愛を体験し、再び自分自身に合一するのを歓喜するために宇宙を、そして美紀を造った。
 美紀は創造主の想念そのものであることを悟った。その瞬間、美紀の第九のチャクラは開かれた。
 地球でのアセンションを進めるために自分が宇宙と一体だったことを思いだす。
 地球上に既に存在するアセンション準備者と共に想念エネルギーを送る。
 自分が、地球の波動を高めるのだ。アセンション者が一定人数を超えると、その波動で地球全体のアセンションが、より加速される。 美紀と健一はアトランティスのカルマを解消し、新しいシンクロニシティを形成させるべく存在するのであった。

 美紀はまず健一をアセンションさせようと思った。
 今なら彼の想念が読める。
 健一は理論的にはESPを全部理解できている。だが、かえってそれが妨げになっている。理論の壁を超えさせなければならない。
ーー直感に従うの。絶対に理屈で考えてダメ。
ーーアカシックレコードの扉は誰にでも開かれているの。ただそれを見るのよ。見られるかどうかを考えてしまうとそれがブレーキになるの。

 しばらく経過したが、どうしても健一のもつ壁は超えられない。
 美紀の体験をそのまま想念で送る。しかし健一は受けとめる力が弱い。
ある日訓練に疲れ、健一は眠り込んでしまった。
ーー何の夢を見ているのかなぁ
美紀は閃いた。
ーー夢!そうだ、顕在意識の休んでいる夢の中なら、直接潜在意識にアクセスできる。
 健一は夢の中で見た。美紀の体験した宇宙の創世から数千年後の五次元へのシフトまで。そして美紀がテレパシーを使う時の感覚を感じ取ることができ、アセンションに必要なものが何かを知ることができた。
 二人は現世で一緒にアセンションを果たし、いくつかの未来世でも出会うことになる。


二〇〇X年七月
 エジプトピラミッドの封印が解かれ、地球のシフトについてのニュースが全世界に流れた。
 それまで発見されていなかったいくつかの洞窟から古代の記録が発見され、創世から未来にわたる地球の進化の記録が開かれた。
 電気エネルギーを使わず、宇宙からたえず降り注ぐ目に見えないフリーエネルギーを取り出し変換するキーが発見された。DNAの完全解読も進み、事故等で失った体の一部の再生が行えるようになった。あらゆる病気のメカニズムが明らかにされ、地球人は病気の苦しみから解放された。
 分子変換装置が開発され、公害や廃棄物とは無縁となった。
 太陽系は銀河系セントラル=サンからのエネルギーであるフォトンベルトに完全に浸った。
 おびただしい数のスターシップが各国に現れ、地球人のアセンションを促した。
 スペース=ピープルからは太陽系内の、まだ発見されていない二つの惑星ともう一つの小惑星群、そして銀河系の知識がもたらされた。

 地球は無事に四次元にシフトした。
 新しい次元に適応するまでに成長を遂げていない霊は他の三次元天体に転生していった。
 残りの、成長を遂げた地球人は、地球のシフトと共にアセンションをした。
 
 
(完)